北朝鮮の首都・平壌郊外にある祥原（サンウォン）郡は、もともとは平安南道（ピョンアンナムド）に属していたが、1963年に平壌市に編入された。しかし、2010年に平壌から再度切り離され、黄海北道（ファンヘブクト）に編入された。
平壌市民は様々な特権を持っており、食糧配給の面でも優遇されていた。それが困難になったため、「口減らし」の一環として、平壌から切り離されたと見られている。
（参考記事：北朝鮮、平壌追放令を連発、強引に「口減らし」か）一時期は平壌だったと言えど、昔から冷遇されていた地域であり、ライティングされたタワマンの立ち並ぶキラキラな平壌市内とは全く違う光景が広がっている。地元当局は、村人のちょっとした要求にも、耳を傾けようとしない高圧的な姿勢を取っている。
現地のデイリーNK内部情報筋によると、同様に平壌から切り離された勝湖（スンホ）郡との間を流れる南江（ナムガン）には、吊り橋が掛けられている。
祥原郡内でも、川に面した蘆洞里（ロドンリ）の住民は、郡の中心部にある市場よりも、お隣の勝湖の市場を主に利用しているのだが、そこに行くにはこの吊り橋を利用する。
人気記事：「女性１６人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面しかし、これが危険極まりないのだ。
板を組み合わせて作った吊り橋で、渡ろうとすると激しく揺れることから、チュルロンダリ（うねうね橋）と言われている。郡当局は、大雨や強風のときには渡るなと指示するほどの危険な橋だ。昨年には、揺れる橋から3人が投げ出されて溺死する痛ましい事故も起きている。
蘆洞里管理委員会の補修班と河川事業所は、毎年踏み板の補修工事を行っているが、そもそもの作りが粗雑なために、補修したところで限界がある。市場に行くのも命がけなのだ。
人気記事：「女性１６人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面今年は、旧正月（2月10日）と光明星節（2月16日の故金正日総書記の生誕記念日）が1週間しか離れていないことから、ところどころに穴の空いた橋を渡って市場に向かう人が多く、いつ事故が再発してもわからない状況だった。
業を煮やした蘆洞里の人々は、朝鮮労働党祥原郡委員会（郡党）に集団で押しかけ、橋を掛けかえるように陳情を行った。しかし、郡党から返ってきたのは、こんな答えだった。
「松街里（ソンガリ）の市場を使えばいい」
人気記事：「女性１６人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面蘆洞里は、大きく2つの村からなる。南江下流の村からは、勝湖の市場に近く、上流の村からは平壌市の江東（カンドン）郡の松街労働者区にある市場が近い。上流の村のそばには、金正恩総書記の身辺警護を務める護衛司令部の軍官（将校）を養成する、金正淑総合軍官学校があるせいか、衛星写真を見ると、対岸まで立派な橋が掛けられているのが確認する。下流の村からはかなり離れているのだが、そんなことはお構い無しだ。いや、そもそも郡党は、蘆洞里のことなど気にかけてすらいない。
蘆洞里は、「マルパンドン」（反政府的言動）で物議を醸した人物を追放する流刑地だ。成分（身分）が悪いとされる住民が多く、郡党は村人の生活状況などどうでもいい扱いだというのが、情報筋の説明だ。
（参考記事：【徹底解説】北朝鮮の身分制度「出身成分」「社会成分」「階層」）「現在、国家計画案に入っている工事による負担が重くのしかかる中で、計画案に入ってすらいないうねうね橋の架替えを行うには、かなりの労働力と資材が必要になる。メンテナンスをきちんと行えば、人的被害はなくなると繰り返すばかりだ」（情報筋）
金正恩氏は、平壌と地方との圧倒的な経済格差を解消し、バランスの取れた経済発展を行うための「地方発展20✕10政策」を打ち出したが、成分のいい住民が多く、プロパガンダにもってこいの地域ばかり優遇され、そうでない地域は放置されるのだろう。
別の情報筋は、蘆洞里についてこのように説明した。この村は、咸（ハム）という姓を持つ人々が人口のほとんどを占めていたが、日本の植民地時代には地主や富農が多かった。一般的に、当時の平壌周辺の地主や富農はキリスト教徒が多かった。
日本の敗北により植民地支配が終わり、その後の北朝鮮臨時人民委員会、北朝鮮政府は、彼らの弾圧に乗り出した。ところが、朝鮮戦争で国連軍に占領された後、彼らは「治安隊」となり、自分たちを苦しめた共産主義者に対する報復を行った。そのような歴史的経緯から、この村は流刑地として使われている。
（参考記事：北朝鮮の工場支配人、身分を偽っただけで公開処刑される）
ちなみに前述の金正淑総合軍官学校は、重要な機関でありながらも、金正恩氏が一度として訪れたことのないところだ。故金日成主席は、自身の妻の名前が付けられたこの学校に並々ならぬ愛情を注ぎ、金正日氏も、金正淑氏の銅像をキャンパス内に建てさせた。金日成夫妻の銅像が並び立つところは、全国でここしかない。だが、金正恩氏は、その除幕式にすら姿を見せなかった。
成分の悪い村人が多く住む地域に行けば、自らの安全が脅かされかねないという理由からと見られている。そればかりか、校名から血の繋がった祖母である金正淑の名を外し、李乙雪（リ・ウルソル）護衛総合軍官学校に変えてしまう冷遇ぶりだ。
なお、地域に多く住んでいた咸氏一族は、2013年に護衛司令部によって行われた粛清で、道内でも山がちでインフラが一切整っていない、兎山（トサン）郡に追放されたとのことだ。
（参考記事：北朝鮮山間部の悲惨な「水事情」…汚染水で皮膚病も）