北朝鮮の金正恩総書記が、今年1月の朝鮮労働党第8回大会で提示した「国家経済発展5カ年計画」。その達成に欠かせない労働力を確保するとして、北朝鮮当局は兵士の兵役を短縮して集団で送り込む「集団配置」を行ったり、都市部に住む若者に「嘆願」の形で半ば強制的に農村、炭鉱に送り込んでいる。日本で言うところの「Iターン」のようなものではなく、島流しそのものだ。
デイリーNKの内部情報筋によると、中央の指示に基づき、平安南道(ピョンアンナムド)の平城(ピョンソン)市で農村進出者選抜事業が行われた。今月15日までに、農村に送り込む者を150人選ぶためのものだが、それには以下のような基準がある。
まずは、出身成分が悪くない者。先祖が地主だったり、朝鮮戦争中に韓国軍や治安隊に加担していたり、韓国に逃げたりした者は対象から除外される。会ったことすらないかもしれない先祖が、70年以上に何をしていたかが、2021年を生きる子孫に影響を与える制度を残存させているのが、万民が平等な扱いを受ける社会主義を標榜する北朝鮮の現実だ。
(参考記事:顔も知らない先祖のせいで収容所送りにされた北朝鮮のある一族)
2番目の選抜基準は、両親のうちどちらかが農村出身者であるかどうかだ。北朝鮮の戸籍は都市戸籍と農村戸籍に分けられていて、軍入隊、大学進学など特別な場合を除けば移動は許されない。つまり、親のどちらかが農村出身なら、子どもは農村に属するべきという、出身成分の発想と軌を一にする。
(参考記事:「農場の近くに住んでいるから農民になれ」北朝鮮政府の命令に強い反発)人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面
3番目は兵役を済ませていない者。これには北朝鮮のみならず韓国でも大切にされる「独子」(男子の一人っ子)や、身体条件が基準に合致せず兵役を免除された者が該当する。
4番目は、家族の中に職場への出勤をサボっていたり、社会的に物議を醸したり、前科者がいたりする場合だ。ちなみに「出勤をサボる」は仕事をしていないということを意味しない。所属する企業に出勤しても現金収入がほとんど得られないため、上司などにワイロを支払い出勤を免除してもらい、市場での商売で収入を確保するという人がこれに当たるが、北朝鮮ではこれは「働いた扱い」にならないのだ。
(参考記事:北朝鮮の国営企業「無断欠勤」従業員の連れ戻しに必死)このように事細かく条件を定めてはいるものの、「党による配慮」との名目で農村行きを強いられる若者もいるとのことだ。とんだありがた迷惑だ。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面さて、実際に農村行きの対象に選ばれてしまったら、大変な災難だ。市内の五里洞(オリドン)に住む20代のチェさんは、平城灌漑機械工場で12年間、機能工として勤務していたが、腕もよく忠誠心も高いと評判だった。しかし、工場の幹部は、上部から押し付けられた農村行きの人員の数を満たすために、彼を選んだ。
彼には結婚を約束した女性がおり、1ヶ月後に式を控えていたのだが、彼女は「いくら良い人ばかりだと言っても、農村なんかには住めない」と言って、婚約を破棄してしまった。情報筋は触れていないが、北朝鮮の中でも豊かな都市に属する平城から、貧しい農村に娘を送り出すことに、本人のみならず、親も反対したに違いない。北朝鮮において農村行きは、それほど忌み嫌われるものなのだ。
「元帥様(金正恩氏)のありがたいご配慮」で人生を台無しにされてしまったチェさんだが、その後については伝えられていない。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面このような、誰も行きたがらない地域に強制的に労働力を送り込むやり方は以前から行われているが、家庭が崩壊したり、派遣先から逃げ出す者が続出したりするなど、あまりうまく行っているとは言えない。チェさんを含め、今回派遣された若者も、しばらくはおとなしくしているだろうが、そのうち折を見て逃げ出し、密かに豊かな都会に戻ることだろう。
(参考記事:北朝鮮で深刻な人手不足、頼みの「除隊軍人」も次々失踪)