自国での新型コロナウイルス感染者の発生を一切認めようとしない北朝鮮。その一方で国境封鎖、貿易停止、移動統制、感染が疑われる患者の強制隔離、都市封鎖令(ロックダウン)など、非常に厳しいコロナ対策を実施し、違反者を処刑を含めた厳罰に処すなど、「健康のためには死んでもいい」と言わんばかりの厳しい措置を行っている。
(参考記事:違反者は軍法で処刑…北朝鮮の厳重なコロナ対策)
その対策のひとつが、マスク着用の義務化だ。北朝鮮の朝鮮労働党機関紙・労働新聞は、「マスク着用の生活化」を繰り返し訴えており、マスク関連の記事は、昨年1月から今に至るまで600本を越えている。
当初は、不足するマスクを国の承認を得た密輸で賄っていたが、今では国内生産を増やしているようだ。そんな中、朝鮮労働党と朝鮮人民軍(北朝鮮軍)系の貿易会社が、マスクを独占販売しボロ儲けしていると、米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じた。
(参考記事:北朝鮮「マスク密輸」の背後に妹・金与正氏の影)北西部の平安北道(ピョンアンブクト)の人口20万人の定州(チョンジュ)に住む情報筋によると、市内にある国営被服工場は、全世界的なコロナの蔓延が始まった直後から、マスクの生産を開始した。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面この工場の建物と労働者は国に属していることになっているが、実際に営んでいるのは朝鮮人民軍総政治局第8軍団傘下の貿易会社だ。定州の北にある塩州(ヨムジュ)に駐屯する第8軍団は、定州、宣川(ソンチョン)など、周辺地域で外貨稼ぎ基地を運営しているが、昨年2月に中央の生産許可を受け、双方の地域に工場を設け、マスク生産を開始した。
総政治局傘下であることに加え、国家保衛省(秘密警察)も運営に参加しているため、地域では絶大な影響力を持っている。生産設備も、国家保衛省が費用を負担し、朝鮮労働党の政治局から調達できた。
2ヶ所の工場で生産されたマスクは、道内の各市場、商店、道端の売台(プレハブの売店)に供給され、1枚2000北朝鮮ウォン(約30円)ほどで販売される。定州市民が毎日1枚ずつ買ったと計算すれば、1日の売上は4億北朝鮮ウォン(約600万円)に達する。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面この経済的苦境の中で、毎日マスクを買える人がどれほどいるかは不明だが、周辺地域でも独占販売していることを考えると、1ヶ月で数百万ドルの売上もあり得る。
かつては、中国企業からの委託生産で輸出用の衣類の生産を行っていた新義州(シニジュ)紡績工場や平城(ピョンソン)輸出被服工場も、現在ではマスクの生産に切り替えている。
材料は、朝鮮労働党や朝鮮人民軍系の貿易会社の中国代表部を経て、国家非常物資として特別に輸入されている。一般の国営工場や民間業者は、輸入が認められず材料調達ができないため、マスクバブルを指をくわえて見守ることしかできない。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面平安南道(ピョンアンナムド)の情報筋にによると、平城市の玉田洞(オクチョンドン)と杜茂洞(トゥムドン)にある軍の総政治局と党の外貨稼ぎ基地がそれぞれマスク生産を行っているが、物流の一大拠点で、人口が30万人に達し、他の地域の業者が出入りする平城では、他所と比べてマスクがよく売れ、収益も2倍に達する。
コロナ対策を超特級非常防疫に格上げし、マスク着用を義務化した上で、国の機関がマスク販売を独占し、ボロ儲けするというマッチポンプのような構図だ。
実際、平安北道の情報筋は、「当局がマスクの独占販売で利益を上げるため、コロナ防疫をわざと延長しているのではないかという話が流れている」と伝えた。
龍川(リョンチョン)のある住民はRFAの取材に、マスクを自主的に製造して市場に卸そうとしたところ、司法当局に制止された。「軍はマスクを作って売っても良いのに個人はなぜダメなのか」と抗議したところ、「軍はカネを稼いでこそ国を守れる」と言われ、マスクをすべて没収されたとして、怒りをあらわにした。
北朝鮮では数年前から、一般の商人やトンジュ(金主、新興富裕層)が持っていた利権を、国の機関が奪い去ろうとする動きが現れている。その動きが強まるとなれば、北朝鮮国内にミャンマーのような利権構造が現れる可能性もある。同国では軍が食品会社、ショッピングモール、ホテル、市内バス会社に至るまで様々な企業を保有し、退役軍人を幹部あるいは労働者として送り込むことで影響力を維持。政治、経済まで牛耳る巨大利権集団と化している。
(参考記事:北朝鮮版「細うで繁盛記」の悲惨過ぎる結末)仮に今、貿易が再開されれば、党や軍の独占体制にはほころびが生じる。一部では、貿易が近く再開するのではないか、との期待的観測が語られてもいる。
しかしRFAによれば、朝鮮労働党出版社が先月印刷し、全国の機関に配布した学習提綱(レジュメ)「祖国の安寧と祖国の安全を守るため、非常防疫戦をさらに攻勢的に繰り広げよう」は、そんな噂を完全否定している。
「まもなく防疫封鎖と関連した措置が解除されると考えるのは大きな間違いで愚かしい考えだ。こんな人達はまさに社会主義防疫戦の敵だ」
北朝鮮では、ありとあらゆる権力と権限がカネを生み出す源泉となることを考えると、この一節は「利益をずっと独り占めにする」宣言ではないかと勘ぐられても仕方ないだろう。
(参考記事:北朝鮮の輸入品消毒施設が完成間近、貿易を一部再開か)