かつては犯罪の極めて少ない社会と言われていた北朝鮮。ごく一部の特権層を除いて、皆が平等に貧しく、また給料も現金よりは配給という形での現物支給が多かった。そのため財産の蓄積もなく、不平不満を口にせず普通に働いて生きていれば、人様の物に手を出すほど困窮することがない社会だったからだ。
そんな人々の暮らしを支えていたシステムの裏には、共産圏各国からの援助があった。しかし20世紀のうちに相次いで崩壊してしまい、システムは破綻。人々は一瞬にして、生き馬の目を抜くような市場経済化した社会に放り出された。
それから30年あまり。北朝鮮は、極端な格差社会となり、犯罪も多発するようになった。国際社会の制裁の中でも経済は曲がりなりにも動き、人々が飢えることはなくなっていったが、昨年1月からのコロナ鎖国で、再び経済難に陥り、食い詰めた人々が犯罪に手を染める事例が相次いでいる。米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じた。
平安南道(ピョンアンナムド)成川(ソンチョン)の情報筋によると、先月中旬、郡の中心部で、家の前の河原で遊んでいた6歳の女児が急に姿を消した。しばらくして、返してほしければ50万北朝鮮ウォン(約1万1500円)の身代金を出せとの脅迫電話がかかって来た。
安全部(警察署)は携帯電話の発信記録から、中心部から離れた村に住む30代男性を割り出し、追及したところ、女児を誘拐したことを認めたため、逮捕した。女児は、男性の家の倉庫に2日間監禁されていたが、無事に両親のもとに戻った。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面男性は取り調べで、女児の両親がカネを持っていることを知り、両親の携帯電話番号を調べた上で、犯行に及んだと自供した。男性には労働教化刑(懲役刑)の判決が下されると思われる。ちなみに刑法278条は、誘拐罪には5年以下の労働教化刑、罪状の重い場合は5年以上10年以下の労働教化刑に処すと定めている。また、刑法附則では、特に罪状の重い場合には無期刑または死刑に処すと定めている。
(参考記事:北朝鮮で凶悪「幼児誘拐」多発…コロナ禍で社会不安)一方、別の住民によると、温泉地として知られる陽徳(ヤンドク)で先月中旬、山道を歩いていた10歳の男児が、オートバイに乗った男性に「家まで送ってやる」と声をかけられ、乗ったところ、誘拐されてしまう事件が起きた。
男児はなんとか逃げ出して安全部に通報、容疑者逮捕に至った。容疑者は40代男性で、安全部での取り調べに、食べるものがまったくない絶糧世帯となり、空腹に耐えていたが、人質を取って身代金を受け取るという外国映画のストーリーを思い出し、友人のバイクを借りて犯行に及んだと自供した。
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以上の2件とも、子どもに危害は加えられず、無事に親元に戻ることができたが、住民の間では「これから暮らしがもっと厳しくなれば、またどんなことが起きるかわからない」と不安が広がり、生活苦解消よりも、住民統制、取り締まりばかりに力を入れる当局に恨みの声を上げていると情報筋は伝えた。
(参考記事:長期化する非社会主義取り締まりで疲弊の度合いを深める北朝鮮国境地域)