北朝鮮の処刑、「火あぶり」も

北朝鮮の人権問題を追及している民間団体が19日、北朝鮮国内で銃殺が行われた場所、死亡者の遺体が集団埋葬された推定地、遺体の火葬場所などを示したマップを制作したと発表した。

韓国・ソウルに本部を置く「転換期正義ワーキンググループ(Transitional Justice Working Group)」は、北朝鮮の政権が行っている人権侵害を記録することで、そのような行為をやめるよう警告すると同時に、将来的な加害者の法的処罰の可能性を高める目的で、今回のプロジェクトに着手した。

このグループは、過去2年間に375人の脱北者との対面調査を行い、そこで得たデータを情報技術(IT)を駆使した手法で解析し、公開銃殺などが行われた場所を推定。その場所を地図上の座標に落とし込む作業を続けてきた。

北朝鮮の処刑場についての報告書

そして今月19日、中間総括として発表された報告書によると、人権侵害の現場として最も多かったのは銃殺場所で、全国に290カ所が存在する。そのうち7カ所では、一度に10人以上が銃殺されたという。また絞首刑(40カ所)、自殺の強要(2カ所)、火あぶりの刑(1カ所)を合わせた処刑場所は、全国で少なくとも333カ所に及ぶ。

また、埋葬推定地(35カ所)、目撃証言のある埋葬地(7カ所)、共同墓地への埋葬(2カ所)、戦争捕虜墓地への埋葬(1カ所)、死体保管場所(2カ所)、遺体が露出していた場所(2カ所)、火葬場所(3カ所)など、公開処刑されたり獄死したりした人の遺体処理に関連する場所は少なくとも52カ所あることがわかった。

それ以外に、公開裁判のみが行われた場所は8カ所で、すべてを合わせると393カ所に及ぶ。

集団埋葬の推定地は、管理所(強制収容所)や教化所(刑務所)の近くにあり、そこを中心とする半径1~4キロの範囲内に、複数の殺害場所や埋葬場所が集中している傾向が見られる。例えば、公開処刑された複数の人の遺体が棄てられたボタ山から数百メートルのところには、別の時期に処刑された複数の人の遺体が棄てられた廃坑があるといった具合だ。

政治犯収容所をはじめとする施設以外の、一般地域での公開処刑は河原や堤防など川の周辺が実行場所として多く選ばれている。その一方、市場や競技場などで処刑が行われた例もあった。

北朝鮮の処刑、証拠隠滅の可能性

処刑された人の「罪状」は、工場設備・機械部品・電線・家畜・穀物の窃盗、殺人、人身売買、韓流ドラマのソフト販売、組織的な性売買、性的暴力、麻薬密売、暴力行為など多岐にわたっている。

行政機関や朝鮮労働党の官僚が処刑される場合には、横領、スパイ行為、国家財産詐取、贅沢品の使用などが罪状として問われているという。

処刑方法としては、1990年代後半の大飢饉「苦難の行軍」の前には市場での絞首刑が多かったが、2004年から絞首刑はほとんど行われなくなった。銃殺に移行したのは2005年からのことで、2005年から2010年にかけては「銃弾を使うことすらもったいない」との理由で、撲殺刑が多かった。また、時期を問わず、取り調べの過程で拷問死した人も少なからずいるものと思われる。

北朝鮮の処刑場が多い地域

地域別に見ると、銃殺場所290カ所のうち、北東部の咸鏡北道(ハムギョンブクト)が222カ所と圧倒的に多い。

これは、対面調査に応じた脱北者の58.9%(221人)がこの地域の出身であることによるものだ。

つまり、咸鏡北道での人権侵害事例が他地域に比べて飛び抜けて多いのではなく、他の地域に関する証言が少ないことによる結果であるということだ。とくに中朝国境から遠く、脱北の難易度が高い黄海道(ファンヘド)、江原道(カンウォンド)の人権侵害については実態が把握しにくく、これまでと同じ方法では実態解明に限界があることを示したものと言える。

なお同グループは、人権侵害が行われた具体的な場所は公表しておらず、今後もその予定はないとしている。現状では、客観的な現地調査が不可能であり、そのような状況で具体的場所を公表すると、北朝鮮当局が証拠隠滅を行う可能性が高いからだ。

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治安維持のために処刑を連発した金正日氏

北朝鮮は、1990年代の未曾有の食糧難「苦難の行軍」で、それまで国を支えてきた配給システムが崩壊し、国が乱れ、治安が極度に悪化した。その状況を打破するために、金正日総書記は、処刑を連発し、人びとに恐怖心を植え付けることで、混乱を収めようとした。

一例を挙げると、2008年7月に、咸鏡南道(ハムギョンナムド)の咸興(ハムン)で「ユンミ喫茶」という売春喫茶を運営していた25歳の女性と、軍部隊の基地長が処刑されている。容疑は麻薬の密売だったが、麻薬でも売春でも他の国では処刑されないようなことでも、処刑されていた。

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自らの責任を末端の責任者になすりつけ処刑させた金正日氏

また、金正日氏の間違った指示が問題を引き起こし、その責任を下の者になすりつけて処刑させるということも起きていた。

金正日氏は「平壌市の電力が不足しているため、城津製鋼所に送られていた電気を止めて、平壌市に回せ」という指示を出した。それを忠実に守った電力部門の担当者が、処刑された。電気供給が停まったことで溶鉱炉の中で鉄が固まってしまい、大損害が発生した責任を取らされてのことだ。

無謬の存在である最高指導者が間違いを認めることはなく、責任は常に下の者になすりつけられるというのが北朝鮮の常だ。

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史上最大の公開処刑に17万人動員

見せしめ効果を高めるために、公開処刑には多くの住民が動員される。

2009年3月に黄海北道(ファンヘブクト)の沙里院(サリウォン)で行われた、保衛司令部のオ・グムチョル海州(ヘジュ)基地長には、17万人が動員された。

表向きの容疑は、公然わいせつと反社会主義的傾向だが、実際には植民地時代の1930年代、故金日成主席とともに満州で抗日武装闘争を行い命を落とし北朝鮮で中朝親善の象徴とされているたチャン・ウルファ氏の子孫のカネ180万ドルを横領した容疑だという。

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「必殺仕事人」に強盗を処刑させる

1996年、両江道(リャンガンド)恵山(ヘサン)では、金正日氏の指示で派遣された要員が、列車内で強盗を働いた男を捜査も裁判もなくその場で撃ち殺したと、脱北者は証言している。

朝鮮王朝時代に、地方の行政を査察する暗行御史(アメンオサ)という役職があったが、古い小説ではヒーロー的な存在、現在のドラマでは「必殺仕事人」のように描かれることがある。金正日氏は、まさにドラマの中の暗行御史を派遣したのだ。

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残忍極まりない処刑方法

2007年には、ある外貨稼ぎ機関の職員が、90発の銃弾を撃ち込まれ処刑された。中国に木材輸出をしていたが、誤ってスローガンの書かれた木を伐採したというのがその理由だ。それも、全国各地から外貨稼ぎ機関の社長500人を、咸鏡北道の延社(ヨンサ)に集結させた上での処刑だった。

激しく損傷した遺体を見せつけられた人の中には、心臓発作を起こし病院に運ばれたり、数日間家に引きこもったりしたという。ある人は「こんな殺伐とした雰囲気では、貿易などできない、下手をすると私も死ぬかもしれない」と述べ、辞表を提出したという。

北朝鮮の人々の間で「連射事件」と呼ばれているこの処刑について、その事情をよく知る元幹部の脱北者は次のように語った。

「北朝鮮では銃殺が頻繁に行われるため、人びとは感覚が鈍ってしまっている。そのため、恐怖を与えるためにわざと残酷な方法を使った。貿易に関連して違法行為を行えば、無慈悲に処刑するというみせしめだ」

金正日政権の最末期でも、状況は変わらなかった。

2010年12月末、平壌郊外で4人の公開処刑が行われた。いずれも変圧器の潤滑油、電線、トウモロコシの窃盗という、些細な犯罪によるものだった。

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金正恩政権でも相次ぐ処刑

金正恩氏が後継者として登場してからもその状況は変わらなかった。

金正恩氏は、朝鮮人民軍(北朝鮮軍)の高級幹部14人を迫撃砲で処刑したとの情報が伝えられた。故金正日氏の追悼期間中に飲酒をしたり、女性スキャンダルを起こしたことが、金正恩氏の逆鱗に触れたためと思われる。

その後、高級幹部の処刑が相次いだことは周知のとおりだ。中でも、金正恩氏の叔父、張成沢(チャン・ソンテク)氏の2013年12月の処刑は、世界に衝撃を与えた。

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「赤子は犬のエサの器に投げ込まれた」

張成沢氏の処刑後、その方法を巡り「生きたまま犬に噛み殺させた」という話が広がった。後にネット上で広がったデマであることが判明したが、犬を使った処刑そのものが全くのデマというわけでもない。

国連の北朝鮮における人権に関する国連調査委員会の最終報告書には強制収容所において「母とその子は収容所内の懲罰棟に連行され、赤子は犬のエサの器に投げ込まれた」という証言が記載されているように、残虐な処刑は枚挙に暇がない。

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