平壌国際空港新ターミナルの設計に関して金正恩氏から厳しく叱責の上粛清され、山奥の村に追放されていた馬園春(マ・ウォンチュン)国防委員会設計局長に死亡説が浮上した。

昨年4月の金正恩氏の金正淑紡績工場の現地指導に随行した馬園春氏(右端、画像:労働新聞)
昨年4月の金正恩氏の金正淑紡績工場の現地指導に随行した馬園春氏(右端、画像:労働新聞)

北朝鮮情報筋が米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)に語ったところによると、革命化(一種の島流し)の処分を受けて地方に追放されていた馬園春氏が、金正恩氏からの「平壌に戻って良い」との知らせを伝え聞き、嬉しさのあまり心臓麻痺を起こして死亡したとの話が北朝鮮の幹部の間でささやかれている。

馬氏がいつどこで死亡したかについて情報筋は明らかにしていないが、北朝鮮の各種大型建設事業に貢献してきた同氏の死亡が事実だとすると、その痛手は大きいだろう。 馬氏は平壌建設建材大学卒業後、白頭山建築研究会の建築家として活躍し、後に朝鮮労働党財政経理部設計室に入り、金ファミリーの別荘や各種大型建設の設計を任されるなど、北朝鮮を代表する建築専門家だ。金正恩政権に入ってからは、紋繍(ムンス)プール、綾羅(ルンラ)遊園地、美林(ミリム)乗馬場などの建築を手がけてきた。

ところが昨年11月、平壌国際空港新ターミナルの建設現場を現地指導した金正恩氏から「建物が民族性と主体性を生かせていない」と厳しく叱責され、粛清された。その後、革命化処分を受けて、家族もろとも両江道(リャンガンド)豊西(プンソ)郡の山奥の協同農場に追放されていた。

馬氏の粛清後、平壌の未来科学者通りや科学技術殿堂の建設など、10月10日の労働党創建70周年を飾る各種大型工事の進捗が問題が生じた。金正恩氏は「10月10日に間に合わせろ」と指示を出していたが、その実現可能性が危ぶまれる事態に追い込まれた。

建設部門からは「馬氏を呼び戻すべきだ」との声が上がっていたという。そこで金正恩氏は「馬園春ほどの人間はいない」と考えを変え、復帰の指示を出したものと思われる。馬氏の死亡が事実だとすると、工事の完成はさらに遠のいたと言えよう。

一方、平安北道(ピョンアンブクト)の別の情報筋は、馬氏は酒好きで金正恩氏からも「酒には気をつけろ」との忠告を何度も受けていたが、健康に問題があるという話は聞いたことがなかったと語った。しかし、山奥での失意の日々が彼の健康を蝕んでいたことは想像に難くない。

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