昨年12月に粛清されたと伝えられていた馬園春(マ・ウォンチュン)氏が、山奥へ追放されたことが判明したと米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じた。

昨年4月の金正恩氏の金正淑紡績工場の現地指導に随行した馬園春氏(右端、画像:労働新聞)
昨年4月の金正恩氏の金正淑紡績工場の現地指導に随行した馬園春氏(右端、画像:労働新聞)

国防委員会設計局長だった馬氏は、昨年11月1日の空港視察以後、姿を見せなくなり、当時建設中だった空港の出来具合をめぐって責任を取らされたと見られていた。

その後の消息は不明で、処刑説も取り沙汰されていたが、複数の両江道の内部情報筋から新たな情報がもたらされた。

「中央の高級幹部が平壌から追放されて新明里(シンミョンリ)の協同農場にやってきた。脱穀場の警備室で働いている」

新明里は、両江道(リャンガンド)豊西(プンソ)郡の山奥にあるが、村にも郡全体にも鉄道すら通っていない小さな村だ。新明里の協同農場は、その中心地から50キロも離れた場所にある。

村には学校もなく、一番近い「舞下(ムハ)中学校」までは12キロもある。

海抜1911メートルの百歳峰(ペクセボン)など2000メートル前後の山脈が背後に迫り、村の担当保衛員と保安員の厳しい監視を受けているため、逃げ出すことはほぼ不可能だ。

情報筋は馬園春氏追放時の哀れな様子を、次のように詳しく説明した。

「昨年の12月4日に、協同農場の警備室に突然軍人たちがやって来た。高い囲いを設置したので、村の人々は『軍の偉い人が来る』と思っていたら、翌日に来たのが馬園春氏夫妻。住民はびっくり仰天していた」

馬園春氏一家が追放された両江道豊西郡新明里の衛星写真(画像:Google map)
馬園春氏一家が追放された両江道豊西郡新明里の衛星写真(画像:Google map)

人民保安部(警察)の護送車に乗せられて来た二人の荷物はわずか風呂敷包み2つ。12月15日頃には妻の母や弟、さらに海外留学中だった息子も強制帰国させられ、村に連れて来られたという。残りの親族も他の地方に追放されたと伝えられている。

妻の実家の家族まで追放されたことから馬園春氏の処分は、単なる「革命化」処分ではなく「粛清」であり、中央政界への復帰は難しいと見られる。

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