オヤジを越えたいけれど・・・
オヤジを越えたいけれど・・・/作画:りむ・ちゅぬん

金正恩氏のロシア訪問に関するニュースに注目が集まっている。プーチン・ロシア大統領は、5月に行われる戦勝70周年式典に金正恩氏を招待する意向を示していた。28日には、ロシア大統領報道部が「5月9日にモスクワで開催される対ドイツ戦勝70周年記念式典に出席する」ことを確認したと、報道各社が伝えた。

正恩氏のロシア訪問は、既成事実のように報じられているが、慎重に捉えなければならない点もある。

報道各社は、「金正恩氏」という言葉を使わず「北朝鮮指導者の参加」と伝えている。つまり「金正恩氏が参加する」とは明確に述べられていない。ロシア側が言う「北朝鮮指導者」が、果たして「金正恩氏」当人を指すのかどうかが今後の最大のポイントとなる。

同じような例は過去にもあった。2012年、イランで開かれた国際会議に「北朝鮮首脳が参加」すると発表されたが、フタを開けてみると対外的な元首に位置づけられている金永南・最高人民会議常任委員会委員長が参加した。(関連記事

ここ最近の北朝鮮外交では、金永南氏が「外交上の国家元首」として外国を訪問したり要人と会談することも多く、今回も「北朝鮮の首脳部」として金永南氏が訪露する可能性もなくはない。

正恩氏のロシア訪問における「両国の思惑」

「正恩氏ロシア訪問」の背景として取りざたされているのが中朝関係の悪化だ。2013年の「第三次核実験強行」や「張成沢処刑」によって中国という後ろ盾を失いつつある正恩体制が、新たな支えとして大国ロシアとの接近を模索し始めたというシナリオだ。

ロシア側からすれば、「引きこもり」に近い正恩氏を外交の場に引きずりだすことができれば、東アジア国際政治で一定の評価を得ることができる。ウクライナ問題やルーブル下落で、凋落著しい自国の権威を挽回するチャンスだ。

一方、北朝鮮にとっては、ただでさえ冷え込んでいる中朝関係がさらに悪化するリスクもあるが、ロシアから新たな支援を得られるという点では魅力的な話だろう。

ただし、これはあくまでも楽観的なシナリオに過ぎない。金正日氏が最高指導者になって以後、北朝鮮外交は周辺の予想や期待を裏切りつづけてきたからだ。そもそも北朝鮮の最高指導者は、実は35年以上も国際行事に参加していない。

正恩氏は「親父越え」を果たせるのか

最高指導者の国際行事参加は、1980年に金日成氏がユーゴスラビア(当時)のチトー氏の葬儀に出席して以来、実現していない。正日氏は中露を外遊したが、複数の国家元首が集まる国際行事には一度も参加しなかった。

正恩氏が、各国の国家元首が集まる国際舞台に参加すれば、正日氏も果たせなかった国際行事での外交デビューとなる。すなわち「親父越え」を果たすわけだ。さらに金日成氏の政治手腕を踏襲しようとしている正恩氏が、対外的にも「金日成氏の再来」を印象づける大きな機会になるだろう。

自己顕示欲が強い正恩氏ならロシア訪問を通じて外交デビューを果たしたい思いはあるかもしれない。しかし、それ以前にクリアすべき大きなハードルが存在する。

そもそも北朝鮮が米韓と対立している今の状況下で、対立する国家が参加する式典に金正恩氏が参加できるのか?という点だ。

正恩氏の「外交デビュー」に嫌な予感

2005年の60周年記念式典には金正日氏も招待されたが参加しなかった。参加したのは韓国の盧武鉉元大統領、米国のジョージ?W?ブッシュ大統領、中国の胡錦涛国家主席、日本の小泉慎一郎総理など53カ国の首脳だ。

今回の記念行事にもアメリカのオバマ大統領、中国の習近平国家主席、韓国の朴槿恵大統領、そして日本の安倍晋三首相も招待されている。(関連記事

招待されている各国の国家元首が行事に参加し、金正恩氏の訪露が実現すれば、彼は今現在も噛みついている対立国家と肩を並べなければならないのだ。これは、北朝鮮国内の現地指導とはまったく意味合いが違う。

普段は、行く先々で「マンセー(万歳)!!」という人民大衆の(表向きの)歓喜に迎えられているが、国際行事となるとそういうわけにはいかない。いつものようにタバコを指にはさんで歩いたり、ポケットに手を突っ込んで振る舞うわけにもいかない。もちろん、訪朝したロッドマン氏と談笑したときのような軽率な行動は厳禁だ。

外交経験がまったくない金正恩氏が、いきなり各国の国家元首と同席するのは非常にあぶなっかしい。また、各国の国家元首も金正恩氏と柔やかに握手するというわけにはいかないだろう。

実のところ、そういった現実を最も正確に理解して、頭を悩ませているのは外交関係者をはじめとする北朝鮮の指導部かもしれない。

「金正恩同志、式典ではくれぐれも失礼がないように、慎重に行動してください」「他国の国家元首から冷たい態度で接せられても我慢してください」と進言できるのかどうか。

ロシアが正式に「金正恩氏」個人を招待したにもかかわらず、特別な理由なしに訪露をキャンセルすれば外交的欠礼になりかねない。タイムリミットの5月まで時間は残されている。金正恩氏がどのような決断を下すのかに注目だ。

高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記

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