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北朝鮮の故金正日総書記は、旧共産圏が次々に崩壊し、経済が行き詰まりつつあった1980年代、次のような指示を下したとされる。

「帝国主義の封鎖と国際的圧力、東ヨーロッパ社会主義国の崩壊で支援が途絶えてしまった。資金確保のために麻薬生産を秘密裏に進めよ」

かくして各地にケシを栽培する農場が作られ、タイから拉致した業者3人の指導の下、アヘンの製造を行い、海外に密輸出するようになった。これが「ペクトラジ(白い桔梗=キキョウ)作戦」だ。

金正日氏はこれに続き、覚せい剤の製造を命じた。湾岸戦争でイラク軍が多国籍軍に大敗したのを見て「次はわが国だ」と考え、戦争準備の一環として、有事の際に兵士に使用する目的で作らせたとも言われる。

ところがその後の1990年代後半、北朝鮮は未曾有の食糧危機「苦難の行軍」に襲われた。社会システムが崩壊し、薬物製造に当たっていた研究者や製薬工場の関係者は、覚せい剤を横流しして生活を維持した。そこから、北朝鮮の覚せい剤汚染が深刻化する。

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覚せい剤は不足する医薬品の代用として使われるようになったことから、中毒者が激増。当局は慌てて取り締まりに乗り出したものの、もはや根絶は非常に困難なレベルに達している。

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最近もまた、首都・平壌郊外にある大学に通う学生3人が、運び屋と売人をやっていたことが判明し摘発された。平安南道(ピョンアンナムド)のデイリーNK内部情報筋が伝えた。

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平城(ピョンソン)獣医畜産大学の3年生の男子学生2人と女子学生1人は、1年生のころにはすでに売人になっていた。男子学生は運び屋、女子学生は包装と販売を担当していた。

2年半にわたり摘発を逃れていたが、男子学生の1人が今年6月中旬、1キロもの覚せい剤を干し魚に隠し、咸興(ハムン)から平城まで運んでいるときに「10号哨所(検問所)」で摘発された。

なお、咸興の興南(フンナム)製薬工場は、覚せい剤の製造工場として知られている。平城に程近い順川(スンチョン)の製薬工場でも製造されていると言われているが、なぜ順川に行かなかったのかは不明だ。

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摘発されたことを知らずにいた別の男子学生は、覚せい剤が到着したとの話を聞き、「サムチョン」(おじさん)と呼んでいる密売の元締め役の家に行ったところで、反社会主義・非社会主義打撃隊に逮捕された。

1週間の取り調べを受けた2人は、「単に金儲けがしたかった」と犯行の動機を語った。

本来、北朝鮮ではすべての教育が無料で受けられることになっているが、それはあくまでもタテマエだ。実際には、入試から始まり卒業論文に至るまで、様々な過程でワイロが要求される。そのため、大学生たちは休みともなれば家庭教師などのバイトに精を出すが、おそらく学費や生活費に加え、遊ぶカネ欲しさに犯行を続けたのだろう。

(参考記事:新学期を迎えたけど…経済困窮で登校できない北朝鮮の子供たち

そして、男子学生らは包装・販売を担当する女子学生や咸興の業者の存在についても供述し、グループは一網打尽にされた。

先月末、大学生3人に対する公開闘争会議(吊し上げ)が行われた。3人とも、顔や体が傷だらけで、ひどい拷問にかけられたことがひと目でわかる状態だったという。

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その場では、罪状が次のように読み上げられた。

「ピンドゥ(覚せい剤)」が万能薬であるかのごとく宣伝し、嘘の情報を流したことは、わが国(北朝鮮)を内部から瓦解させようとする敵どもの計略であり、わが国の青年たちの革命意識を蝕もうとする敵対勢力の行為」

さらに、覚せい剤を使用している学生に対して、自首するよう呼びかけられた。おそらく「罪を軽くするから自首せよ、後で摘発されたら罪が重くなる」というものだったと思われるが、そんな嘘を信じて自首する馬鹿正直な学生はまずいないだろう。

(参考記事:「中国キャリアの携帯使用者は自首せよ」北朝鮮当局の呼びかけを市民は無視

その場で、3人に対しては退学命令が出され、予審(起訴前の証拠固めを行う長い取り調べ)が行われることになった。無期懲役刑が下されるものと見られている。