北朝鮮のニューリッチ、「トンジュ」。彼らの登場は、北朝鮮経済が大混乱に陥っていた1990年代後半の大飢饉「苦難の行軍」の前後まで遡る。
人々から餓死から逃れ、生きていくためにありとあらゆる手段を使った。その一つが、勤め先の工場、企業所の設備、原材料などを勝手に売り払うというものだ。それを元手に闇両替、ヤミ金業、小売業、卸売業などを始め、それで得た資金を不動産などより儲かる分野に投資。
違法行為のオンパレードだけあって、ビジネスを行うのに有力者とのコネは欠かせない。しかし、そのコネとて効かない場合もある。そんな事例を平安南道(ピョンアンナムド)のデイリーNK内部情報筋が伝えた。
道内の价川(ケチョン)に住むトンジュのAさん夫婦。二人は20年前、自分たちの資金で建てた物件で、商店をオープンさせた。商売は大繁盛し、「何でも揃う地域一番店」のようなポジションを占めた。市場より安値で商品を販売し、多くの消費者を引き付けていた。
2人のバックに付いていたのは、价川市の商業部長だ。昇進に当たって、各方面にワイロをばらまくなど様々な便宜を図ってきた。非社会主義・反社会主義連合指揮部や安全部(警察署)から、「不法商業活動」と指摘されたことから、部長以外にも様々な市の幹部とコネを築いてきた。そんなズブズブの関係も終焉を迎えることとなった。
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市の商業部が夫婦の店を国営商店として編入する方針を示したのだ。そして、店を商品ごと没収し、店は当局が運営すると通告した。商業部長が、上部の命令に抗いきれなかったのか、点数稼ぎのために夫婦を「売った」のかなど、詳しい経緯は情報筋も言及していない。
いきなりの裏切りに激怒した夫婦は、商業部長のところに怒鳴り込み、こう喚き散らしたという。
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(参考記事:「金正恩の犬野郎のせいで人民が餓死」批判の落書きに平壌が騒然)夫婦はその後、忽然と姿を消した。連行されたのではなく、夜逃げしたのだ。安全部と保衛部(秘密警察)、検察所は共同名義で2人の手配令を下した。その容疑とは「国家給与管理法および商業法に正面から挑戦し、社会主義制度において朝鮮労働党が委任した幹部の名誉を毀損した反動分子」というものだ。
地域一番店のオーナーから、管理所(政治犯収容所)送りにされかねない反動分子に一夜にして転落したこの夫婦。今のところ、行方はわかっていないが、もはや残された道は脱北しかないかもしれない。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面一時は飛ぶ鳥を落とす勢いだったトンジュだが、政府の「行き過ぎた市場経済」にブレーキをかけるような動きにより、没落しつつあると指摘されている。そもそも私有財産が保証されていない北朝鮮では、いくら富の蓄積をしようとも、いつあぶく銭になってしまうかわからないのだ。
(参考記事:本腰を入れて市場を潰しにかかる北朝鮮の「計画経済回帰策」)