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北朝鮮の金正恩体制が、「崩壊」のその時に近づいている。

もっとも、金正恩体制がいつ頃までに崩壊するのか、具体的な時期を現時点で予測できるわけではない。また、崩壊の可能性が何パーセントぐらいまで高まっているか、数字を示せるわけでもない。

未曽有の「貿易停止」…経済制裁を凌駕

しかし、金正恩体制が崩壊する「蓋然性」が高まっているということは、ハッキリ言うことができる。蓋然性とは、その事柄が実際に起こるか否かの、確実性の度合のことだ。

あるいは、過去と比べ、金正恩体制が崩壊する可能性が相対的に高まった、と言い換えることもできるだろう。

そのように言うことのできる理由は何か。答えは、新型コロナウイルスの影響だ。といっても、北朝鮮国内での新型コロナ感染が致命的なレベルに達している、というわけではない。北朝鮮は現在に至るまで、国内での感染者発生はゼロだと主張し続けている。それを真に受ける向きは少ないものの、体制が動揺するような状況も観測されていない。

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北朝鮮に危機をもたらしているのは、むしろ、コロナ対策の厳しすぎる防疫措置の方だ。

北朝鮮は2020年1月から、新型コロナの流入を防ぐとして国境を封鎖し、貿易も停止した。国家が「重要」と認めたものについてのみ、税関を通さない「公式の密輸」という歪な形での輸入が細々と続けられている。

(参考記事:中国に停まったままの北朝鮮貨物列車、「公式密輸」に利用か

そしてこのほど、こうした防疫措置が北朝鮮の貿易をいかに委縮させたかについて、客観的な観測情報が出た。

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国連安全保障理事会の北朝鮮制裁委員会の専門家パネルは4日(現地時間)、今年2月から8月初旬の制裁の履行状況をまとめた中間報告書を発表。北朝鮮はコロナ禍の中でも核・ミサイル開発を続けていると明らかにし、国際社会の制裁を逃れるための手法が高度化していると指摘する一方、次のような状況にも言及した。

北朝鮮は近年、安保理決議で禁止されている石炭の密輸出を継続してきた。しかしこれも、コロナの影響で大幅に減少している。報告書によると、今年1~4月に不法輸出した石炭は約36万トンで、このペースが続けば北朝鮮の今年の年間石炭輸出量は約110万トンになる。これは、新型コロナの影響を受けた昨年(480万トン)の4分の1を下回る。

また、北朝鮮は国連安保理決議(2397号)に基づき年間50万バレルの石油精製品を輸入できるが、報告書によると、7月中旬時点で制裁委員会に報告された石油精製品の輸入量は安保理が定める年間上限の4.75%(約2万3750バレルに)とどまった。

金正恩の「パラノイア」

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石油精製品については、「不法な輸入が上限の50万バレルを上回っている」と指摘する加盟国もあるという。それが事実だとしても、正々堂々と使える大量の輸入枠を持て余しているのなら、コロナ以前の輸入量から激減したものと推測できる。

デイリーNKジャパンは昨年から繰り返し、コロナ対策の貿易停止により、営農資材が北朝鮮に輸入されなくなったと報じてきた。それにより、ただでさえ脆弱な農業はいっそう生産力を落とし、慢性的な食糧難を加重している。

(参考記事:「国家存亡に関わる」金正恩が招いた”絶糧状態”という本物の危機

これらの状況から言えるのは、金正恩体制がコロナを恐れるあまり、自分の手で自分の首を絞めているということだ。安保理は過去のどのような状況においても、人道問題に直結する営農資材の輸入禁止を、対北制裁決議に含めようとはしなかった。それは、将来においても変わらないだろう。

つまり北朝鮮は、コロナ以前には想定しえなかった過酷な状況に、自らその身を置いているわけだ。そして、その結果として国内で生じている様々な苦難は、明らかに金正恩総書記の失政によるものだ。

(参考記事:「この国にはもう、食糧はないのか」北朝鮮国内で動揺広がる

一般的にコロナウイルスは、モノの表面では長時間生き残れないとされており、輸入品を警戒対象としている国は北朝鮮以外に見当たらない。金正恩氏が自ら主導する厳しすぎる防疫措置は、「パラノイア」とも言うべき次元のものだ。だが、その絶対的かつ残忍な独裁体制の下では、まっとうな見識を持つ高官たちも、金正恩氏に防疫措置の是正を建議するのは簡単ではない。

では、金正恩体制の「崩壊」はどのような形で訪れるのか。目を凝らして見るべきは、北朝鮮国民の「組織生活」への参加状況だ。

サボタージュの連鎖

北朝鮮国民は乳幼児を除き、誰もが何らかの組織に属することになっている。朝鮮労働党を頂点に、若者なら青年同盟(社会主義愛国青年同盟)、専業主婦なら女盟(朝鮮社会主義女性同盟)といった具合だ。また、職場には職総(朝鮮職業総同盟)があり、これらの参加資格に該当しない人でも、人民班(町内会)に所属することになっている。

そして、所属先では政治学習(思想教育)、勤労動員、生活総和(総括)などの組織生活が義務付けられている。

昔はこうした活動に模範的に参加することにも、それなりに意味があった。国家からの配給を安定的に、あるいはより手厚く受け取る上で効果があったのだ。しかし、配給システムが実質的に崩壊した今では、時間と労力のムダでしかない。

(参考記事:警察官を「タコ殴り」にした、ある北朝鮮の母娘の強硬な主張

慢性的な食糧難の中、何らかの商売で現金収入を得て、その日の糧を確保しなければならない北朝鮮国民にとっては「時は金なり」どころではなく、「時は命なり」とも言える。それでも大多数の人々が組織生活という壮大なムダに付き合っているのは、それだけ恐怖政治が効いているからだ。

国家に反抗的とみなされたら、どんな目に遭わされるかわからない。

しかし、組織生活なんかに参加していたら餓死してしまう――そんな状況が訪れたらどうだろうか。1990年代の大飢饉「苦難の行軍」以降、なし崩し的に進んだ市場経済化の中で、北朝鮮国民は「国家には期待できない」と学び、自律性を高めた。座して死を待つ人々ではないのだ。危機が深まれば、意思とエネルギーのすべてを生存のために投入するだろう。

(参考記事:経済制裁をチャンスに変える…北朝鮮「草の根企業」奮闘記

そこで真っ先に切り捨てられるのは、組織生活というムダだ。当初、少数のサボタージュは当局に抑え込まれるだろうが、広範な現象になれば統制はきかなくなる。そして現象がエスカレートすれば、サボタージュはいずれ、国家維持に最低限必要な行政や生産活動にまで及ぶ――。

(参考記事:家を捨て、山の中で隠れ住む北朝鮮国民が増加

このような事態を未然に防ぐためには、金正恩氏はコロナ対策を現実的な水準に改め、国民の生活を安定させなければならない。また、「組織生活から人々を解放すべき」と助言してもムダだろうが、国民が生計を維持できるぐらいに頻度は調節すべきだ。

貿易停止、今後3年

ところが金正恩氏は、これとはまったく逆に、防疫措置の強化を訴えている。韓国当局筋によれば、「北朝鮮は今後3年、現在の貿易体制を維持するとの情報がある」という。そして金正恩氏は、国内に鬱積する不満を、思想統制の強化で乗り切ろうとしている。

金正恩氏は、最高指導者となってからの約9年間、権力維持に長けた侮りがたい独裁者の顔を見せてきた。しかしその能力は、締め付けたり圧迫したりするのを得意とする一方、緩める局面――米朝対話や南北対話では成果を得られていない。

そして今、新型コロナという未曽有の事態に直面し、その力は自らの首を締め上げる方向に作用している。

かくして金正恩体制は、自らの足で、「崩壊」のその時に向かって歩みを進めているのだ。(ジャーナリスト 李策)