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北朝鮮の国営メディアのうち、日本で最も知られているものの一つが朝鮮中央テレビだ。その番組は、動画サイトに投稿されているものも少なくないので目にした読者もいるだろうが、多くが無味乾燥な内容だ。

特に、番組と番組の間にフィラーとして流される音楽は、金氏一家を称えるものばかり。北朝鮮の人々は熱心に聞いているのかというと、決してそういうわけではない。

北朝鮮を訪れた経験を持つある日本人は、デイリーNKジャパンの取材に対し、こんなエピソードを明かした。

自国の産業技術の発展ぶりについて語る朝鮮国際旅行社のガイドに、この日本人が「朝鮮中央テレビで『突破せよ最先端を』という曲が朝鮮中央テレビで流れていたのを見た」と話したところ、ガイドはあっけらかんと「そんな曲、知らない」と受け流したという。

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さて、昨年12月の最高人民会議常任委員会第14期第12回総会で採択された「反動的思想・文化排撃法」は、韓流など海外文化の国内での流行を、体制を揺るがしかねない危険なものと見なしている。法施行の裏で当局は、金正恩氏を称える最新曲の宣伝に余念がない。

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実際にこの法律が適用され、処刑される事例も複数件報告されている。韓流ドラマ、映画、K-POPなどは、携帯電話に保存して楽しみ、Bluetoothで友人とシェアするのが一般的だったが、それも難しくなった。しかし、人々はある方法を使って、取り締まりに小さな抵抗を示している。その実態を、米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じた。

(参考記事:金正恩命令で公開処刑…ある夫婦がハマった「危ない愉しみ」

咸鏡北道(ハムギョンブクト)の情報筋によると、韓流取り締まり班の109常務は、今月から昼夜を問わずに管轄区域をパトロールし、住民や通行人の携帯電話の抜き打ち検査を行っている。

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彼らは新たな法に基づき、南朝鮮の映画、ドラマ、歌などを見たり聞いたり流布させたら、無期労働教化刑(無期懲役刑)、さらには死刑にもなりうると人々を脅かしている。

その一方、取り締まりの強化に合わせて、変わった現象が起きつつある。

情報筋は、清津(チョンジン)市の浦港(ポハン)区域の109常務の知人の話として、こんなエピソードを語った。

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以前とは異なり、109常務がいくらチェックしても携帯電話から韓流コンテンツは見つからなくなった。それと同時に、金正恩総書記を称える歌も消えていた。その一方で大量に保存されていたのは、金日成主席と金正日総書記を称える歌だった。

何かがおかしいと感じたこの知人が、ある住民に「なぜ軽快で美しい旋律の銀河水(ウナス)管弦楽団の歌はなく、古い革命歌謡ばかり保存しているのか」と尋ねてみたところ、この住民はしばらく口ごもってから、こう答えたという。

「あのころが懐かしいから」

これは一体どういうことなのか。情報筋はこう説明する。

「党が銃殺まですると言って脅かしているのに、誰が命をかけて南朝鮮の歌を携帯電話に入れるものか」

大好きな韓流を禁止されたことに対する腹いせとして、金正恩氏を称える歌を削除して、古い革命歌を保存することで、金正恩氏への忠誠心を高めようという当局の目論見に消極的な抵抗の意を示しているというのだ。

平安北道(ピョンアンブクト)の情報筋によると、現地でも同様の現象が起きているとのことだ。

携帯ユーザーは「われわれの元帥様」のような金正恩氏を称える最新曲ではなく、「どこにいらっしゃいますか、懐かしい将軍様」、「君を見て想う」などと言った、金日成・金正日時代の歌を携帯電話に保存。取締官に突っ込まれようものなら「これもわが国(北朝鮮)の歌ではないか」と食って掛かるのだという。

取締官は、金日成氏や金正日氏を称える歌を否定するわけにもいかず、何も言えずに引き下がるのだ。

かつて電話機奉仕所(携帯電話販売店)で買った携帯電話には、イデオロギー臭の強い曲が最初からインストールされていたものだったが、今では金正恩氏を称える歌詞の銀河水管弦楽団の最新曲を、現金で購入して保存を強いる形に変更された。

これは、金正恩氏が禁止を言い渡したはずの「税金外の負担」の一種と言えるが、1セットに90〜100曲入って、毎月の料金は500北朝鮮ウォン(約8円)で、さして重い負担ではない。

しかし、そんな小さな負担でも、自分の気に入らないものにビタ一文たりとも使いたくないのだろう。

「一般住民、特に若者たちは、電話機奉仕所が推薦する国家指定曲を拒否して、時代遅れの金日成、金正日時代の歌を保存することで、当局の取り締まりに反感を示している」(情報筋)

韓国のアイドルグループ「防弾少年団(BTS)」に心酔する北朝鮮の若者に、何をどう説いても、また何人を処刑しても、明るい明日を夢見て革命歌謡を歌っていた時代に引き戻すことは不可能なのだ。

(参考記事:「退廃的な踊り」を見とがめられた北朝鮮軍の兵士たちの運命