今月5日の夜、北朝鮮の首都平壌から、北部の恵山(ヘサン)に向かっていた列車が、咸鏡南道(ハムギョンナムド)にある平羅線の俗厚(ソック)駅で立ち往生した。急な停電によるものだ。暇を持て余した人々が娯楽会を開いたが、参加者から逮捕者が出る事態となった。一体どういうことなのだろうか。
デイリーNKの朝鮮人民軍(北朝鮮軍)内部の情報筋によると、列車に乗っていたのは空軍・反航空軍(防空軍)司令部直属の兵士たちだ。娯楽会で即興を披露し、兵士3人がダンスを始めたのだが、その様子を見ていた軍総政治局宣伝部の宣伝員と、軍保衛局(以前の保衛司令部=秘密警察)の課長が突如、3人を逮捕したという。駅前の保衛小隊に連行された3人は、元いた部隊に護送された。さてその理由だが、次のようなものだ。
「先烈たちの革命精神を学びに行く途中に、退廃的な南朝鮮(韓国)の踊りを真似して踊った」
(参考記事:北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは…)
3人は、金日成主席の抗日パルチザン活動の足跡をめぐる聖地巡礼「踏査」(タプサ)に行く途中だったのだが、そこで披露したダンスは、韓国のアイドルグループ「防弾少年団(BTS)」のものだったのだ。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面情報筋によると、取り調べで3人は「南朝鮮の踊りだとは知らなかった」「部隊内で教わった」と述べている。また、1人はこんな供述をした。
「入隊前に『フンタン少年団』のダンスが流行していた、それを踊っただけだ」
これは、BTSが2015年に出したアルバム「花様年華 pt.1」に収録された曲だ。そのファンはARMY(アーミー)と呼ばれるが、3人は兵士でもあり、BTSのファンでもあり、二重の意味でARMYだったというわけだ。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面3人の供述が本当だとすれば、北朝鮮の庶民の間ではもはや韓流が韓流として認識されないほどに普及している可能性すら考えられる。当局はBTSに限らず、韓流全体を禁止しているが、何が韓流かわからない状態ならば、気をつけようがない。
(参考記事:北朝鮮がBTSファンを逮捕「重罪の可能性」)3人の所属する部隊は大騒ぎとなり、関係者は困り果てている。いずれも服務態度、訓練において模範的であるとして「踏査」に選抜された兵士たちだったからだ。さらに悩ましいのが、事件が他の部隊の兵士たちの前で起きたため目撃者が大勢いる上に、総政治局と保衛局の幹部が問題視しているため、事件の処理結果を上部に報告しなければならない点だ。
3人は「普段の群衆文化娯楽時間に踊ったときには何もなかったのに、なぜ今回だけ問題になるのか」と抗議しているという。群衆文化娯楽時間とは、今回の娯楽会と同じようなものだが、そこでBTSのダンスをしていたとなれば、部隊全体が厳しい批判の対象になりかねない。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面3人に対しては、降格か半年間の革命化、あるいは生活除隊(不名誉除隊)の処分が噂されている。革命化とは、地方の農場や炭鉱での強制労働のことを指すが、刑期が終われば元いた部隊に復帰できる可能性がある。一方で生活除隊となれば、朝鮮労働党への入党や、幹部への登用は困難となる。
3人を摘発した総政治局と保衛局の幹部に対しても、疑惑の目が向けられる事態となっている。2人はBTSの名前のみならず、3人が踊っていた「フンタン少年団」と「血、汗、涙」という曲名を知っていたからだ。ただ、保衛局では1週間に3時間、学習のために外部の映像を見る時間があるため、大きな問題にはならない可能性も考えられる。
(参考記事:北朝鮮が若者数十人の「見せしめ映像」公開…韓流にハマった罰)