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北朝鮮が大飢饉「苦難の行軍」の最中にあった1997年に脱北して韓国にたどり着いたチャン・ヨンジンさん。彼は脱北者の中で唯一のオープンリーゲイ(カミングアウトした性的少数者)だ。

2015年に自伝的小説『赤いネクタイ』を上梓し、作家としてデビューしたことは、デイリーNKジャパンでもその翌年に報じた。家族も国も捨てた彼は今、米国で新たな家族を作ろうとしている。

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チャンさんは英国の公共放送BBCのインタビューで、北朝鮮時代のことや、24年前の脱北から今に至るまでの日々について、詳しく語っている。

北朝鮮にいたころ、自らの性的指向について知ることなく、周りに言われるがままに結婚したが、「初夜から妻の体に触れるのが嫌だった」と語るチャンさん。彼の心の中には、幼馴染のソンチョルへの思いがずっと残っていた。4年経っても子どもができないことに疑問を抱いた家族に、同性が好きだという感情を告白した。

義兄の勧めで町内の病院から、清津(チョンジン)の有名な病院まで通い、精密検査と治療、1ヶ月に及ぶ検査入院までしたが、どこをどう調べても調査結果は正常。そもそも、北朝鮮で同性愛者の存在は社会的に認識されておらず、彼も自分自身の性的指向について気づいていなかったのだった。やがて彼は、妻への罪悪感から36歳のときに離婚を決意した。

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(参考記事:【北朝鮮の同性愛事情-1-】小説に描かれた「ゲイは非人間的」

「お互いが幸せになる道を探そうとしたんです。当時私は36歳、妻は35歳でしたが、まだ若いから、妻には他の男性に会って幸せになれると思ったんです」(チャンさん)

離婚が社会悪とみなされている北朝鮮では、協議離婚が認められないため、裁判をする以外に方法がなかった。それでも離婚が認められるのは、配偶者が政治犯になった場合、成分(身分)を偽って結婚した場合などに限られている。そのせいで若者の間では、離婚時のリスクを避けるために、結婚を避ける風潮も現れている。

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チャンさんは裁判官に離婚したい理由を「子どもができなかった」と告げたが、返ってきたのは「それでは離婚理由にならない、ともかく一緒に暮らすべきだ、あんな立派な女性を放り出して他の誰かと付き合おうとでもいうのか」などとして、許可してもらえなかった。

ソンチョルのことを忘れるために、妻を自由にするために、チャンさんは脱北する道を選んだ。まだ脱北する人が少なかった頃のことで、ルートが確立していなかったことも影響してか、彼はいったん中国に逃れたものの失敗。密かに北朝鮮に戻り、軍事境界線を徒歩で越えて韓国に向かった。

彼は、軍事境界線周囲の非武装地帯に大量に地雷が埋設されていることも、鉄条網に1万ボルトの電流が流れていることも、朝鮮人民軍(北朝鮮軍)の監視塔が8ヶ所もあることも知らなかった。彼の取り調べを担当した安全企画部(現国家情報院)の担当者から、生きて通り抜けられたのは「天の定めた運だ」と言われたほど、危険極まりない道のりだった。

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「もし知っていたら、あの道では来なかったはずです」(チャンさん)

韓国にたどり着いたものの、プライベートを語ることや、妻やその家族に類が及ぶことを恐れた彼は、脱北した理由を率直に語ることができなかった。勾留されたまま5ヶ月が経ち、脱北の理由がはっきりしなければ韓国国民になれないと聞いた彼は、取調官にすべてを話した。

今でこそ、来月7日に行われるソウル市長選挙で、同性愛者のプライド・パレードの開催に関する立候補予定者の発言が議論の的になるほどになったが、この当時は韓国においても、同性愛者の存在そのものが社会的にさほど認知されていなかった。

(参考記事:【現地レポート】韓国LGBT:性的少数者に憎悪をぶつける宗教団体

すると、「女性が嫌いなのは原因があるはずだ」「韓国の医学は北朝鮮より発達している」などと言われ、各地の大病院の泌尿器科、精神科に連れて行かれた。北朝鮮で受けたのと同じ苦しみを再び味わったわけだが、結果はやはり「正常」と出るしかなかった。

ところが、その過程で彼は運命的な出会いをした。

「1998年5月号の雑誌でした。その雑誌に同性愛関連の記事が載っていたのですが、カミングアウトした人たちの話と、米国映画の主人公の同性カップルがベッドでキスするシーンがありました。それを見た瞬間、胸がドキドキしました。見てすぐに『ああ、自分はこういう人間だったのか』とすぐにわかりました」(チャンさん)

自らの性的指向を認識した彼は、出会いを求めて様々な人に会った。しかし、付き合おうと思った相手に9000万ウォン(約866万円)もの現金を持ち逃げされてしまう。彼に限らず、韓国社会の事情に疎い脱北者が、詐欺事件の被害者になることは少なくない。

一例を挙げると、1989年に脱北し、韓国でタレント活動の傍ら、ビジネスを展開しているチョン・チョルさんも一昨年、家族ぐるみの付き合いだった友人に35億ウォン(約3億3700万円)ものの詐欺にあったことを、テレビ番組で告白している。

(参考記事:個人情報を勝手に出版された脱北者、出版社を訴え勝訴

今、62歳になったチャンさんは掃除の仕事で生計を立てていたが、あるマッチングサイトで出会った韓国系米国人に会いに行くために昨年6月、仕事をやめて思い切って渡米した。写真とは印象の異なる相手に幻滅し、韓国に帰ろうとした。

ところが、新型コロナウイルスの蔓延で帰国はおろか、外出すらままならない状態に。二人だけで暮らしているうちに、お互いの魅力に気づいた。パートナーからのプロポーズを受け入れたチャンさんは、弁護士を通じて、同性婚の手続きを踏み、配偶者ビザの取得を目指しているが、離婚を証明する書類を北朝鮮から取り寄せるのに手間取っている。

孤独だった韓国での暮らしに終止符を打ち、米国で新たな家族を作ろうとしているチャンさん。その一方で、北朝鮮に残してきた家族は、もはやこの世の人でない。実母と兄夫婦は山奥に追放され、牛小屋での暮らしを強いられた挙げ句、相次いで結核で亡くなった。姉は、彼が脱北したという知らせを聞いて衝撃のあまり倒れ、そのまま亡くなってしまった。軍に勤めていた末の弟も亡くなった。

「(家族が亡くなったことを)思うととても苦しいです。それで小説を書こうと思ったんです。小説を書くことだけが、私が家族の恩返しできる道だと考えました」(チャンさん)

前述の『赤いネクタイ』出版から6年。彼は、田舎に住む北朝鮮女性たちの実直な物語を込めた小説を書き、出版される日を待っている。

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