昨年8月、中国との国境に面した北朝鮮・両江道(リャンガンド)の恵山(ヘサン)市内中心部から火の手が上がった。長屋で発生した火災がガソリンやプロパンガスに引火し、爆発したのだ。火災は、中国側の吉林省長白朝鮮族自治県からも見て取れるほど大規模なものとなった。
消防車が出動しなかったことで消火が遅れ、9人もの尊い命が奪われた。一切の補償は行わないとしていた当局だが、世論の悪化に恐れをなしたのか、朝鮮労働党の恵山市委員会の委員長、人民委員長(市長)、安全部長(警察署長)が被災者と近隣住民に謝罪するという異例の行動を取った。火元の家に住んでいた国境警備隊の哨所長の妻は、自ら命を絶った。
(参考記事:北朝鮮のガス爆発、追い込まれた火元の家の妻が取った最期の選択)恵山での火災のみならず、北朝鮮では一般的に、責任の所在がどこにあれ、事件や事故に巻き込まれても一切の補償が受けられないケースが多い。
(参考記事:北朝鮮で大規模爆発…「労働者の命を軽視」住民から批判)このような状況に対して、当局が新しい案を持ち出してきたが、狙いは国民の生命、財産を守るところにはないようだ。
デイリーNKは内部情報筋を通じて、朝鮮民族保険総会社が制作し、人民班(町内会)を通じて住民に配布した「保険解説資料」という冊子を入手した。冒頭にはこんな言葉がある。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面敬愛する最高領導者金正恩同志がチュチェ106(2017)年7月10日、人民保険の業種をより細分化、合理化し、新たな保険業種を開発して、保険担保(補償)条件を改善することについてお下しになったマルスム(お言葉)を徹底的に貫徹するために制定された扶養者保険と、チュチェ98(2009)年9月28日内閣決定第62号として採択された保険火災規定に基づき実施される住宅家庭財産保険についてお知らせします。
資料は続いて、住宅家庭財産保険について説明している。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面住宅家庭財産保険が担保する危険(事故)は火災、爆発、浸水など、思わぬ事故や自然災害により、保険に加入した家庭財産の損失または損傷を補償します。
資料は「利潤追求が目的ではなく、人民の生命、財産を保護」することが目的だと強調しているが、人民班での説明では「すべての世帯がこの保険事業に100%参加しなければならない」と強調されたことから、住民の間からは疑いの声が上がりつつある。
保険料は年間4000北朝鮮ウォン(約56円)で、補償金は100万北朝鮮ウォン。資料は、そんな大金を積み立てるなら250年もかかるとしているが、これは金正恩総書記の「人民愛」「人民大衆第一主義」を強調するプロパガンダであると同時に、人々のタンス預金からカネをかき集める目的があるものと思われる。
昨年1月、住民に対して強制的に銀行に預金をさせるキャンペーンが行われたが、予算不足の解消と共に、通貨主権を市場に奪われた状態の解決が目的と思われる。今回の保険の強制加入も、同じ目的である可能性がある。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面(参考記事:北朝鮮の地方銀行が「強制預金」キャンペーン)
破格の条件を提示する一方で、保険金の支払いに様々な制限を設けているのも、非常に怪しまれるポイントだ。
資料には、損害発生から24時間以内に通知し、損害通知書を7日以内に提出しなければならない、さもなくば保険請求を放棄したものとみなすとある。また、貴金属などの貴重品、USBメモリ、CD、DVD、または法的に所有が禁じられたもの、屋外に置かれていたものは、補償の対象にならないとしている。
強制預金をさせた上で、いざ引き出そうとしてもあれこれ理由をつけて拒否する銀行と同様に、保険金の支払いを拒むために、この条項が入っているのではないかと疑われている。
「そんな巨額のカネを国に出せと言える肝の座った人がどこにいるのか」「結局これも税金外の負担のように、我々のカネを剥ぎ取るための企みだ」(住民の声)
金正恩総書記は、先月12日に閉幕した朝鮮労働党第8回大会の結語で、「社会生活の各分野で現れているあらゆる反社会主義的・非社会主義的傾向、権力乱用と官僚主義、不正・腐敗、税金外の負担などあらゆる犯罪行為を断固阻止し、統制しなければならない」と述べたが、舌の根の乾かぬうちに、またもや「税金外の負担」を国民に強いている。
(参考記事:経済を最優先、核戦略では妥協せず…金正恩氏、党大会で結語)