北朝鮮の金正恩党委員長は9月5日、「首都の優れた中核党員1万2000人で咸鏡南・北道にそれぞれ急派する最精鋭首都党員師団を組織する」と、平壌市の党員に向けた公開書簡で表明した。北朝鮮は今年、立て続けに3つの台風に襲われ、各地で深刻な被害が発生しており、その復旧に当たらせるためだ。
そんな彼らが、20日に平壌に帰還したと、国営の朝鮮中央通信は伝えている。忠誠の報告で、朝鮮労働党中央委員会副委員長で第1首都党員師団の崔輝(チェ・フィ)師団長や、朝鮮労働党中央委員会の朴奉珠(パク・ポンジュ)副委員長は、党員の働きを高く評価した。
ところが、それからしばらくして80人の党員が平壌から姿を消した。
(参考記事:被災地支援の首都党員師団が平壌に帰還)平壌のデイリーNK内部情報筋によると、党員師団が帰還した翌日の21日、一部の師団メンバーが所属する機関で集会が開かれた。その場では、被災地での仕事ぶりに問題があった人やミスをした人――「政策貫徹落伍者」を壇上に上げて集中的に批判し、「思想闘争」つまりは吊るし上げが行われた。
それだけで済むかと思いきや、批判の対象となった党員に対しては「配置状」(辞令)が手渡された。その行き先は黄海道(ファンヘド)や咸鏡道(ハムギョンド)の農村。平壌からの追放令だ。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面被災地に派遣された党員だが、仕事はできずサボってばかりで、かなり評判が悪い。中には酒盛りを開いて、被災者の反感を買った者すらいた。
(参考記事:金正恩が派遣した精鋭部隊、現場で「使いものにならない」と悪評)
追放令の理由の一つにも、「夜間警備中に持ち場を無断で離れ、その間に資材を盗まれた」というのがあった。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面だが、追放対象者には、持病のある者、年配の者も含まれていた。そうなると、当局が別の意図を持っていることを疑わざるを得ない。食糧事情だ。
他の地方ではとっくの昔に止まってしまった食糧配給だが、首都・平壌の市民に対しては続けられていた。ところが、国際社会の制裁、度重なる自然災害、コロナ禍という三重苦でついに配給が滞りがちになった。
当局は、平壌市民証を持たずに居住している人など、重箱の隅をつついて欠格理由を探し出し、平壌市から追放する「口減らし」を始めたのだが、今回は「被災地での働きに問題があった」という理由で、平壌から追放しようというのでははないかということだ。
(参考記事:「金正恩の首都」が飢え始めた…軍の備蓄放出でも足りない食糧)人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面
こうして口減らしのために市民を追放したり、区域ごと平壌市から外したりなどの人権無視の政策が今までも取られてきた。
さて、追放対象者は、平壌市民証が剥奪され、代わりに臨時市民証が発行された。有効期限15日間。その間に引っ越しの準備をしろということなのだろう。
特記すべきこととして、当局は今回追放対象となった人に対して「離婚を認めない」との方針を言い渡している。北朝鮮で犯罪者とされた人には連座制が適用され、家族まで一種の刑罰を下されることがあるが、妻や家族を連座制の適用から除外させるために、離婚することがある。
当局ですら離婚を勧めたりするものだが、今回に限っては「離婚するなら地方に行ってからせよ」と言い渡している。離婚して平壌に残られては、口減らしの目的が達成できないからだろう。
「住んでいるだけで特権層」と言っても過言ではない平壌市から追い出されることになった人々は大きな衝撃を受けている。ある男性は23日、自宅で青酸カリを飲んで自殺を図った。病院に搬送されたものの亡くなってしまった。後には妻と11歳の娘が残された。
当局は「平壌市管理法に基づいた合法的な措置だ」「ごちゃごちゃ言わずに党に与えられた新たな哨所(職場)にきれいサッパリ去れ」などと言っている。
ちなみに、平壌市管理法には、当局の都合次第で、市民をいくらでも平壌市から追放できる根拠となる条文がある。
「平壌市民は国の政策貫徹において模範となり、首都市民としての栄誉を守らなければならない。平壌市民が国の法秩序を著しく乱した場合には、平壌市民証を回収する」(第30条)