途上国では、先進国で段階的に技術が更新された過程を飛び越えて、最新技術が一足飛びに普及するケースが珍しくない。その代表例が携帯電話だ。従来の固定電話はインフラ設置に莫大な費用がかかり、個人の負担も大きかったが、それらの費用が大幅に低減された携帯電話が爆発的な勢いで広まった。
北朝鮮を例に挙げると、人口2500万人のこの国で使われている固定電話は、2008年の時点でわずか118万回線。一方で、携帯電話のユーザー数は600万人以上と言われている。これは、2000年ごろまで個人宅への固定電話の設置が認められていなかったことが関係している。今やスマートフォンを持つ人も多く、首都・平壌はもちろん、地方都市でも使っている人は珍しくない。
(参考記事:「スマホを買うために家も売る」北朝鮮、今どきの新常識)携帯電話の普及に伴い、付随する様々なサービスの利用も進んでいた。そのひとつが、キャッシュレス決済の「チョナトン」だ。「電話(チョナ)」と「お金(トン)」を組み合わせた言葉で、携帯電話にチャージされた料金を使って、支払いや送金に使うというものだ。
ところが、このサービスの利用が急に禁止された。指示したのは、他ならぬ金正恩党委員長だった。米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じた。
(参考記事:コロナで利用拡大、北朝鮮の最新キャッシュレス事情)
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面平壌の情報筋によると、金正恩氏が6月中旬に下した「携帯電話による各種違法行為を徹底的になくすことについて」という指示に基づき、7月1日からチョナトンが禁止された。
ここでチョナトンの仕組みについて、複数の情報筋の話を引用して説明しよう。
平壌の情報筋の説明では、3000ウォン分の「チョナトン」を払えば200分の通話時間が得られるが、全部使い切れると、インセンティブとして携帯電話会社から150ウォン分の「チョナトン」が付与される。ユーザーたちはこれを、各種の支払いや送金に利用してきた。余った金額を翌月以降にも繰越可能なので、預金口座としての機能もあった。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面平壌のデイリーNK内部情報筋によると、チョナトン1ウォンは、75北朝鮮ウォンと計算されるので、150ウォンは1万11250北朝鮮ウォン(約135円)になり、SMS(携帯メール)を使って、他の携帯ユーザーに、1日1回、最大チョナトン500ウォンの範囲内で送金できる。
また、黄海北道(ファンヘブクト)の情報筋によると、銀行へ行けば、余った金額を現金で払い戻してくれるという。
ところが、7月1日からはチョナトン150ウォンが得られるのではなく、通話時間が35分延長されるという仕組みに変更され、貯めておいた金額はすべて無効になり、銀行での換金もできなくなった。この措置により大損した人は少なくないだろう。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面チョナトン禁止について平壌の情報筋は、幹部やトンジュ(金主、新興富裕層)がこのシステムを「錬金術」として使い大儲けしたことが問題になったという。また、黄海北道の情報筋は、換金希望者が増えて銀行に現金が少なくなったことが理由だと説明したが、政府はおそらく、自分たちが把握できないカネの流れや蓄積が増えることを嫌ったのであろう。
困ったのは、実家から遠く離れた軍部隊や建設現場で働く兵士や突撃隊員(半強制の建設ボランティア)だ。仕送りを受け取るにあたって、便利なチョナトンが使えなくなってしまい、実家からの仕送りは従来の銀行送金を使わざるを得なくなった。しかし、軍部隊のそばに銀行はなく、ブローカーに手間賃を払って引き出してきてもらうしかないのだ。
(参考記事:北朝鮮「食い詰めた兵士」に群がるブローカーたち)そもそも北朝鮮の人々は銀行を信用していない。下手に預金などすれば、資産が国に筒抜けになってしまう。また、預けることはできても引き出すことが困難なため、銀行など利用すれば、国に財産を奪われかねないからだ。それでチョナトンを利用して預金していた人も、すべて財産を奪われてしまった。
(参考記事:北朝鮮の地方銀行が「強制預金」キャンペーン)