前近代の日本では、居住地から他の地方に旅行する際には通行手形を持ち、関所を通過していた。中でも「入鉄炮出女」という言葉に象徴されるように、江戸への出入りは厳しく制限されていた。
21世紀の今でも、そんな国内移動が厳しく制限された国がある。北朝鮮だ。
居住地から市や郡の境をまたいで移動するには旅行証という国内用パスポートが必要だ。洞事務所(末端の行政機関)、勤め先の工場、企業所に旅行証発給申請書を出し、人民保安省(警察庁)2部での審査を経て発行される。
特に、首都・平壌に行くには特別な許可が必要だ。平壌市人民委員会(市役所)の2部(移動関連部署)から承認番号を受け取り、それを居住地の人民委員会の2部に提出して旅行証や出張証明書などを受け取り、国家保衛省(秘密警察)が管轄する10号哨所に提示してようやく平壌への立ち入りが認められる。申し込んでも許可されないことも多かった。
ところが、許可を受けずに平壌に出入りする、いわば関所破りが急増し、当局が取り締まりに乗り出したと米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じている。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面両江道(リャンガンド)の幹部が、語った取り締まり強化のきっかけは、武器の持ち込みだ。
朝鮮人民軍(北朝鮮軍)の兵士が、許可を受けずに武器、弾薬、爆発物を持ったまま、平壌に出入りしているというのだ。武装したままで平壌に入った理由は不明だが、幹部とのコネを使ったり、車に隠れたりして検問所を通過するというのが手口だ。
これは「最高首脳部護衛事業と関連した重大な問題として提起された」(幹部)という。つまり、北朝鮮において何よりも優先されるべき、金正恩党委員長の身辺警護に重大な穴が生じていることを示す。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面(参考記事:金正恩氏が一般人と同じトイレを使えない訳)
2004年に平安北道(ピョンアンブクト)の龍川(リョンチョン)駅で起きた爆発事故は、金正日総書記が乗った列車を狙ったテロだったとの説がある。また、金日成氏の銅像など重要施設の破壊行為がしばしば起きていることを考えると、「入鉄砲」を徹底して取り締まるのは、決してオーバーなリアクションではない。
(参考記事:金正恩氏「白頭山」訪問で交通遮断…酷寒の中、一般人を5日間も足止め)当局は、各地方政府や機関に、徹底した取り締まりと再発防止のための教育を行うことを命じると同時に、違反者には厳しい処罰を下すと警告している。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面咸鏡北道(ハムギョンブクト)の軍関係者によると、現地の軍部隊では無断で平壌に出入りしたことが摘発された者が、思想闘争会議にかけられている。多くの人が見守る中、壇上に引き立てられてきた人々が次から次へと厳しい批判に晒されるという人民裁判のようなものだ。
また、指揮官、参謀部、政治部、保衛機関の関係者が参加し、再発防止のための事前対策についての議論が行われた。
取り締まりが強化される前、平壌出張で列車を利用する場合には、列車保安員(鉄道警察)と警務官(憲兵)と知り合いであれば、平壌への旅行証がなくとも顔パスで乗車が許可された。しかし、今では彼らも処罰を恐れて、顔パスで乗せる乗せない以前に、知人と会うのを避けているという。
以前と比べれば幾分緩和されたとは言え、国内移動の統制強化はしばしば行われている。移動制限が撤廃されるとの情報もあったが、検問所がワイロを稼ぎ出す源泉となっている、つまり移動統制が利権構造と化していることを考えると、完全撤廃されることはないだろう。
(参考記事:北朝鮮で突然の「移動禁止令」…商売に打撃、市民から反発強まる)