北朝鮮の国営工場の多くはこの20年間、まともに稼働できない状態に置かれている。韓国のナショナルセンターである韓国労働組合総連盟(韓国労総)の報告書によると、その割合は2008年の時点で7~8割。仕事がない労働者は給料をもらえず、市場での商売や漁港、炭鉱などでの出稼ぎで生計を立ててきた。

その状況が、ここへ来て変わりつつある。政府が、国営工場に対して、トンジュ(金主、新興富裕層)が経営する事業所に労働者を派遣することを認めたからだ。

米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が平安南道(ピョンアンナムド)の情報筋の話として伝えたところによると、「船主」と呼ばれるトンジュは大同江の砂を採取して、国内外に出荷するビジネスを行っている。

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そうした業者は、これまでは地域住民を雇っていたが、最近になって国営工場から派遣されてきた労働者に人員を入れ替えた。

それは、政府が資材と電力の不足で稼働できずにいる国営工場に対して、労働者を個人が経営する事業所に派遣することを許可したからだ。政府の決定を受け、国営工場の支配人は、トンジュが営む工場や事業所に労働者を派遣、受け取った賃金の1割を工場運営資金にあて、残りは給与として支給している。

情報筋は、賃金の額について言及していないが、大同江では2015年の時点で労働強度に応じて1日1キロから10キロのコメ、新義州(シニジュ)の事業所では食糧配給に加え、5万北朝鮮ウォン(約650円)の月給が支給されていた。

平均的な4人家族の1ヶ月の生活費が50万北朝鮮ウォン(約6500円)であることを考えると、充分な額とは言えないが、市場で商売する家族の収入を合わせればなんとかやっていける程度ではある。

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国営工場は、なぜ多くが稼働を停止してしまったのか。それは、北朝鮮が採用してきた計画経済が崩壊したからだ。

国営工場は、国が立てた計画に応じて原材料の供給され、生産を行ってきた。しかし、北朝鮮を援助で支えてきた旧ソ連と東欧の共産圏が崩壊したことで、原材料や電力が不足し、稼働ができなくなっていった。1990年代後半の大飢饉「苦難の行軍」のころには、労働者たちは餓死を逃れるために工場の設備や原材料を売り払った。

多くの労働者が殺された「黄海製鉄所の虐殺」もそのような状況で発生した。

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労働者たちは、工場に一定の罰金を払って出勤日数を減らしたり、早引けしたりする「8.3ジル」を行い、空いた時間を商売に当てて生計を立ててきた。国営工場は労働者に給料を支払うのではなく、逆に労働者からカネをむしり取ることで、最低限の運営資金を確保してきた。

しかし、労働者の派遣が認められたことで収入が増え、「8.3ジル」は必要がなくなったと情報筋が伝えた。その額は不明だが、工場の稼働再開にこぎつけるほどではないようだ。

平安南道の別の情報筋によると、トンジュは2000年代初頭から、仕事がない国営工場の労働者を雇用するようになったが、金正日総書記の指示で禁止された。「8.3ジル」は認めるが、民間への派遣は認めないというものだった。

最近になって国営工場の人材派遣が解禁された理由について、経済の活性化と、個人の企業活動の奨励が目的だと情報筋は見ている。

トンジュは当局の目を盗み、国営工場の労働者たちを働かせてきた。バレるたびにワイロでもみ消したり、個人と契約を結んだりする煩わしさがあったが、今回の措置でその必要もなくなり、安定的に労働力を確保できるようになったた。

労働者も給料をもらえるようになり、政府も、トンジュから事実上の税金を得られるようになり、「ウインーウイン」とも言える仕組みだが、国全体に広がっているかはまだ確認されていない。