北朝鮮のお菓子はまずい?
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面北朝鮮の食糧工場は今月に入ってからフル稼働を続けている。光明星節(2月16日の金正日総書記の生誕記念日)に子どもたちに配るお菓子セットを生産するためだ。人手が足りないため、朝から晩まで16時間働き詰めの技術者も少なくないという。
当局は「忠誠心で自力更生せよ」などと言って残業代を一切払わないが、それでも労働者たちはほくほく顔だ。上から不満を抑えつけているわけでも、彼らが金正恩党委員長への忠誠心で満ち溢れているわけでもない。デイリーNKのカン・ミジン記者は、その内幕を次のように説明した。
工場は、お菓子セットの材料を自力で調達することを求められる。国家指導者の名のもとに配給されるものだけあって、調達できなければ政治問題に発展し担当者のクビが飛びかねない。そのため中国から輸入したり、住民から徴発したりして材料がかき集められるのだが、その量は見る見るうちに目減りしていく。工場の労働者たちが、横流ししているのだ。
(参考記事:金正恩氏の「プレミアムお菓子セット」を独占入手!…党大会のお土産用)材料を扱う部署では小麦粉や砂糖を横流しする。生産する部署ではできたお菓子を横流しする。包装する部署では完成品を横流しする、という具合だ。労働者も幹部も、年に3回しかないビッグチャンスを最大限に活用し、お互い目をつぶり合ってせっせと横流しに励むのである。
食品工場では、お菓子が国の規定通りに作られたか品質検査を行うことになっている。しかし、厳しく検査したところで何の得にもならないことを知っている検査員は、他の部署からワイロを受け取り、形ばかりの検査を行う。かくして、子どもたちの手には本来のレシピからはかけ離れた出来の、まずいお菓子セットが渡されるというわけだ。
北朝鮮のお菓子がまずい理由
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面なぜそんなことが起きてしまうのか。それは工場労働者の給料が極端に安いからだ。北朝鮮の労働者が受け取る月給はせいぜい5000北朝鮮ウォン(約70円)。コメ1キロ分にしかならず、これだけではとても生きていけない。そこで、工場全体がグルになって横流しに励み、食い扶持を確保するのだ。
このような横流しは、食品工場に限ったことではなく、北朝鮮全体に蔓延している。これと同じ理由から、北朝鮮ではワイロ抜きには何もできないようになっている。行政や軍の幹部たちが、給料の少なさを補うため、自分の持つ権限を最大限に振りかざし、ワイロを要求するためだ。そのワイロはときに、女性に対する性的虐待の形を取ることもある。
(参考記事:北朝鮮女性を苦しめる「マダラス」と呼ばれる性上納行為)本来、子どもたちにお菓子セットを配るのは、金日成・金正日・金正恩の3代の指導者がいかに偉大で、ありがたい存在かを子どもや親に宣伝するためだ。ところが実際には、横流しで質が悪くなったお菓子が、国の最高指導者の威厳を傷つける結果につながっている。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面平壌の小学校では、お菓子をぶつけ合って合ういたずらをするという「政治事件」が起きてしまった。
(参考記事:正恩氏のお菓子セット、マズすぎで政治事件化)まずいお菓子が北朝鮮の資本主義を発展させる?
お菓子よりも横流しの影響を深刻に受けているのは、「武器を持った社会的弱者」と言っても過言ではない朝鮮人民軍(北朝鮮軍)の末端兵士たちだ。
兵士たちの食糧は、協同農場からの輸送過程で横流しされ続ける。食糧を受け取った軍の幹部は、ただでさえ目減りしてしまった食糧を横流ししたり、市場に売り払って別の安いもので埋め合わせたりする。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面銀シャリを腹いっぱい食べられるはずの兵士に与えられるものは、トウモロコシ飯やジャガイモなどの貧相な食事だ。兵士たちは自主的に畑を耕したり山菜採りをしたりして、足りない食糧を補おうと必死だが、それでも足りないため、民家や協同農場を襲撃したり、国境を越えて中国で悪事を働く。
(参考記事:米軍より先に北朝鮮軍を瓦解させる「本当の敵」の正体)1977年、金日成氏の65歳の生誕記念日から配られるようになったお菓子セットは、かつては北朝鮮の子どもたちにとって、何よりの楽しみだったそうだ。
しかし、横流しまみれのお菓子セットの価値はダダ下がりしている。
平安南道(ピョンアンナムド)のデイリーNK内部情報筋によると、市場では中国製、北朝鮮の国営工場製、個人業者製の3種類のお菓子が売られているが、安くて美味しいと評判なのは民間業者のものだ。
中国製は1キロ1万北朝鮮ウォン(約140円)、キャンディは7000北朝鮮ウォン(約98円)。それに対し北朝鮮国内の個人業者が作ったお菓子は、量はやや少ないものの5000北朝鮮ウォン(約70円)で売られている。これらのお菓子の半値で売られているのが、国家指導者から贈られたお菓子セットなのだが、そこまで安くても人気はないという。
それにしても、なぜ個人業者の作ったお菓子は美味しいのだろうか。
次に個人業者だが、自宅を改造したり国営企業の設備を借りたりして工場を営む彼らは、トレンドに敏感だ。また、売れ行きが生活に直結するため、より美味しいものをより安く提供しようとする。資本主義が根を張り始めた北朝鮮では、このような業者間の競争が美味しくて安いお菓子を生み出しているのだ。
(参考記事:北朝鮮、市場経済発展で「町工場」が急増中…中国からの輸入品にも変化)高英起(コウ・ヨンギ)
1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 、 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 、 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。