北朝鮮では1990年代、社会主義的な計画経済と国民への配給システムが事実上、崩壊。その後はなし崩し的に市場経済化が進んでいる。それに伴い、市場での商売に励む国民の購買力が増し、その力強い需要に応える形で、食糧供給が改善してきた。

しかし、その例外に置かれているのが軍隊だ。規律に縛られた兵士たちは商売に取り組むことができず、現金収入を得られないから市場で食べ物を買うことができない。配給の食糧は横流しされ、少なくない兵士たちが栄養失調に苦しんでいるとされる。つまり、朝鮮人民軍(北朝鮮軍)の本当の敵は米軍でも韓国軍でもなく、「飢餓」であると言うことができるのだ。

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このような背景から、飢えに苦しむ兵士たちが協同農場を襲撃し、農作物を略奪する事件が頻発。地域住民からは「あんな土匪(馬賊)みたいなやつらを使って一体どんな戦争をするというのか」と罵られている。飢えた兵士たちは、国境を越えて中国にまで侵入し、たびたび強盗事件を起こしている。そのため、中朝国境地域の中国側では、地元住民が自警団を結成して対応するほどだ。

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今年の秋にも、収穫を控えた北朝鮮の協同農場では、兵士たちの襲撃と略奪に備えて厳戒態勢が敷かれた。しかし、そうした努力も結局は役に立たないと、咸鏡北道(ハムギョンブクト)のデイリーNK内部情報筋は語る。

「農民が警戒したところで、武装した兵士の集団に襲撃されたらひとたまりもない。1年の糧が根こそぎ奪われてしまう。軍が絡んでるとあって、保安署(警察署)は手を出せず、被害をお上に訴える方法もない。泣き寝入りするしかない」

また、朝鮮半島情勢が緊張を増す中、訓練はより厳しくなっているが、配給が増えるわけではない。そのため空腹に耐えかねた兵士たちによる略奪が激化するという悪循環に陥っている。

情報筋によると、規律を引き締めるべき軍官(将校)たちまでもが、「事(戦争)がいつ起きるかわからないから、食べられるうちに腹いっぱい食べておけ」と言って、兵士たちの略奪を煽っている。

ここまで軍紀の乱れ切った軍隊が、世界最強の米軍と戦って勝てるはずなどないのだ。こんな状態が今後も続けば、戦争をする前に瓦解してしまうのではないか。飢餓、略奪、性上納の強要といった行為が横行する朝鮮人民軍に、果たして本気で戦争を構想する余裕などあるのだろうか。

(参考記事:北朝鮮女性を苦しめる「マダラス」と呼ばれる性上納行為

高英起(コウ・ヨンギ)

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1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記