金与正氏が訪韓

人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面

北朝鮮は8日、金正恩(キム・ジョンウン)党委員長の妹・金与正(キム・ヨジョン)党第1副部長を含む北朝鮮の高位代表団が9日午後1時30分、韓国で同日開幕する平昌冬季五輪に参加するため、専用機で仁川国際空港に到着予定であると韓国に通知した。

故金日成主席に始まる北朝鮮の金王朝――「白頭血統」の一員が韓国を訪れるのは、これが初めてだ。

(参考記事:金正恩氏の妹・金与正氏が訪韓へ…金ファミリーで初

もっとも、金与正氏は資本主義社会を知らないわけではない。10代初めの頃には金正恩氏といっしょに、スイス・ベルンに留学していた。それより前の1990年代初めには、大阪出身の母親・高ヨンヒに連れられて他人名義の旅券で日本に入国し、ディズニーランドで遊んでいたとされる。

(参考記事:金正恩と大阪を結ぶ奇しき血脈

つまり、金与正氏は「こちら側」のことをじゅうぶんに知っているわけだ。それに比べこちらは、彼女のことをほとんど知らない。果たして、金与正氏はどのような人物なのか。

(参考記事:【写真特集】金与正氏の存在感が増している…正恩氏の実妹

脱北者で平壌中枢の人事情報に精通する李潤傑(イ・ユンゴル)北朝鮮戦略情報センター代表によれば、金与正氏は1988年9月1日の生まれだ。同年9月23日生まれと伝えらえる金正恩氏の妻・李雪主氏と、ほとんど同い年ということになる。

(参考記事:【写真特集】李雪主――金正恩氏の美貌の妻

人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面

以下、李氏の情報をもとに、金与正氏の輪郭を描いてみたい。

金与正氏について

李氏によると、金与正氏は乗馬と射撃が趣味とされ、北朝鮮の幹部たちの中には彼女を「女傑」と呼ぶ向きがある一方、好奇心が旺盛で何にでも顔を突っ込む性格が一部で不興を買っているとのことだ。

また、北朝鮮では学校に通わず、家庭教師から特別教育を受けたとされるが、数学や物理などの基礎科学を好み、2007年から2008年にかけての6カ月間、金日成総合大学の物理学部で特別コースを履修したとされる。この点、勉強が苦手で、母親により軍隊に送り込まれた金正恩氏とはキャラクターが異なるようだ。

人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面

大学を終えた2009年2月、金与正氏は朝鮮労働党宣伝扇動部の行事課にポジションを得て、官僚としてのキャリアをスタートする。宣伝扇動部は、北朝鮮における重要機関のひとつだ。そこで金与正氏は間もなく課長になり、2014年1月には同部の行事担当副部長となる。

そして同年4月、行事課は行事部に昇格し、金与正氏が部長不在の第1副部長――つまりは実質的な部門長に就いたというのが、李氏の説明である。ただ、党行事部の存在については、李氏以外に言及している人がいない。引き続き、確認の必要な情報と言える。

金与正氏が2015年初め頃に結婚していることは、左手薬指にリングをはめた写真などからも明らかだ。相手については一時、金正恩氏の最側近のひとり、崔龍海(チェ・リョンヘ)党副委員長の息子であると噂された。

人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面

だが、李氏によればこれは間違いで、実際には地方(黄海北道)の中堅幹部の息子で、金与正氏より2歳年上。金日成総合大学出身で、身長が180センチほどの男前だという。

2人は大学在学中に知り合い、自由恋愛を始めたとのことだが、先に相手を見初めたのは金与正氏の方だったとのことだ。当時、金与正氏は自分の正体を隠して大学に通っており、男性も彼女の父親が誰であるか知らなかったそうだ。後になって知ったときの彼の驚きようは、想像に難くない。

金与正氏本人はざっくばらんな性格のようだが、彼女が北朝鮮において「超」が付くほど特別な存在であることは、動かしがたい事実なのだ。

(参考記事:金正恩氏実妹・与正氏の同級生がナゾの集団失踪

2人の結婚が2015年だったことを考えると、それを最終的に許可したのは父・金正日総書記(2011年12月死亡)ではなく、兄の金正恩氏だったはずだ。北朝鮮の公式報道に登場する兄妹の姿を見る限りでは、金与正氏は金正恩氏に強い信頼を寄せているように見受けられる。それは兄が公私にわたり、妹の意思と存在を重んじていることの表れでもあるだろう。

金与正氏はかけがえのない存在

実際、金与正氏は金正恩氏にとって、かけがえのない存在であると言える。それは家族としてだけでなく、独裁者としても同じだ。独裁者は孤独である上に、行動の歯止めになるものが少ないことから暴走しがちだ。たとえば金正恩氏が部下に激怒し、感情的になったとき、それをいさめられるのは実の妹ぐらいしかいないだろう。

金正恩氏が、数多くの幹部たちを些細な理由で粛清・処刑してきたことを考えれば、側近たちにとっても金与正氏はありがたい存在のはずだ。もしかしたらすでに、彼女なしに北朝鮮の政治は回らなくなっている可能性もある。

(参考記事:【動画】金正恩氏、スッポン工場で「処刑前」の現地指導】

それを証明するように、金与正氏はロイヤルファミリーの一員であるにせよ、かなりのスピードで昇進を重ねてきた。

金与正氏は、2016年5月の党中央委員会第7期第1回総会(全体会議)で党中央委員となり、昨年10月の同第2回総会では政治局委員候補に選任された。政治局を名を連ねる幹部たちは、金正恩氏を除けば60~80代の男性たちであり、30代になったばかりの女性が入局するのは前代未聞である。ちなみに父・金正日総書記の実妹で金与正氏の叔母にあたる金慶喜(キム・ギョンヒ)氏が2010年に政治局入りしたときは64歳だった。

さらに昨年12月21日、朝鮮労働党の末端組織の幹部を集めた「第5回党細胞委員長大会」では、最高幹部らと並び壇上の最前列に席を占めた。過去のこうした催しでは、金与正氏が裏方として動いたり、客席に座ったりしている姿は見られたが、壇上に座っているのが確認されたのはこれが初めてである。

朝鮮労働党第5回細胞委員長大会。金正恩氏(中央)の左5人目が金与正氏(2017年12月22日付朝鮮中央通信より)
朝鮮労働党第5回細胞委員長大会。金正恩氏(中央)の左5人目が金与正氏(2017年12月22日付朝鮮中央通信より)

金与正氏はこのとき、金正恩氏の左5人目の席に座っているが、2人の間にいるのは崔龍海(チェ・リョンヘ)、金平海(キム・ピョンヘ)、呉秀容(オ・スヨン)、朴泰成(パク・テソン)の各党副委員長である。まさに北朝鮮の最高幹部たちであり、金正恩氏の妹に対する期待の大きさを物語っている。

今回の訪韓に当たり明らかにされた「党中央委員会第1副部長」の肩書は、日本で言うなら中央省庁の次官クラスである。しかも、金与正氏が席を置いていると見られる宣伝扇動部は、組織指導部に次いで党内ナンバー2の重要部署だ。

金与正氏の今後

気になるのは、金与正氏が今後、どのような役割を担っていくかだ。一説に金与正氏は、金正恩氏の「動線」を点検する任務を与えられているとされる。米韓が北朝鮮指導部に対する「斬首作戦」の導入に動いている上に、正恩氏には一般人と同じトイレを使うこが出来ないという状況もある。そんな条件下で正恩氏の動きを取り仕切る事ができるのは、やはり信頼できる身内しかいないのかも知れない。

(参考記事:金正恩氏が一般人と同じトイレを使えない訳

だが、金与正氏が今後、党中枢で権力の階段を登って行くのならば、果たすべき役割はこの程度のものでは済まない。

前出の李潤傑氏によれば、金正日総書記の死後、北朝鮮の政務と人事を一手に握る党組織指導部長は、金正日氏の妹である金慶喜氏、次女であり金正恩・与正氏ら兄妹の異母姉である金雪松(キム・ソルソン)氏が歴任してきたという。

(参考記事:正恩氏の「美貌の姉」の素顔…画像を世界初公開

ならば金与正氏も、これから時間をかけて経験を積み、叔母や姉に匹敵する重要ポストを任される可能性もあると考えられる。

金与正氏 photo@newsis.com
金与正氏 photo@newsis.com
金与正氏 photo@newsis.com
金与正氏 photo@newsis.com
金与正氏 photo@newsis.com
金与正氏 photo@newsis.com
金与正氏 photo@newsis.com
金与正氏 photo@newsis.com
金与正氏 photo@newsis.com
金与正氏 photo@newsis.com
金与正氏 photo@newsis.com
金与正氏 photo@newsis.com
金与正氏 photo@newsis.com
金与正氏 photo@newsis.com
金与正氏 photo@newsis.com
金与正氏 photo@newsis.com
金与正氏と李雪主氏 photo@newsis.com
金与正氏と李雪主氏 photo@newsis.com

高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記