金正恩党委員長ら北朝鮮指導部の除去など、「斬首作戦」に当たる韓国軍の「特殊任務旅団」が1日、創設された。兵力は約1000人規模で、既存の特殊戦司令部内にあった旅団の人員と装備を増強して作られた。同旅団は核攻撃の兆候を察知した場合に平壌に侵攻し、核兵器使用の権限を持つ金正恩氏らを除去する。
同旅団の創設は当初、2019年に予定されていた。2年前倒しされたのは、北朝鮮の核兵器・弾道ミサイルの脅威度が急速に増しているためだ。
トイレにもストレス
韓国では2015年の夏以降、有事において、北朝鮮の指導部や核・ミサイル施設を早期に除去する「斬首作戦」の導入論が持ち上がっていた。きっかけとなったのは同年8月、韓国軍兵士が北朝鮮の仕掛けた地雷で吹き飛ばされた事件に端を発した、深刻な軍事危機である。
(参考記事:【動画】吹き飛ぶ韓国軍兵士…北朝鮮の地雷が爆発する瞬間)韓国国防省のチョ・ソンホ軍構造改革推進官は同月27日に開かれたフォーラムで、韓国軍が金正恩氏に対する「斬首作戦」の導入を計画していると説明。また、同年9月23日には、韓国陸軍特殊戦司令部が国会国防委員会に提出した資料を通じて、「敵(北朝鮮)の戦略的核心標的を打撃するための特殊部隊の編成を推進している」と明らかにしていた。
「斬首作戦」は有事に際して発動されるもので、現在のところ、米韓などが平時から金正恩氏の暗殺を狙っている気配はない。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面しかし、北朝鮮はこうした動きに、極めて神経質な反応を見せる。韓国軍が、同旅団を2017年のうちに創設するとの方針を明らかにした今年1月、北朝鮮の労働新聞は、「共和国の最高首脳部を狙ったかいらい好戦狂らの特殊任務旅団の編成は事実上、われわれに対する露骨な宣戦布告である」とする論評を掲載していた。
これが、金正恩氏自身のストレスの表れであろうことは想像に難くない。普通の人と同じトイレを使えないなど、ただでさえストレスの多い金正恩氏なのに、自分の命を狙う特殊部隊が本格的に立ち上がったとなれば、心理的重圧はかなりのものではないだろうか。
(参考記事:金正恩氏が一般人と同じトイレを使えない訳)北朝鮮メディアは当面、金正恩氏のストレスがビビッドに表れた主張を展開してくるだろう。大陸間弾道ミサイル「火星15」の発射成功時にはガッツポーズをして喜んだ金正恩氏だが、これだけ世界を騒がせておいて、そうそう良いことばかりが続くわけもないのだ。
(参考記事:金正恩氏が自分の“ヘンな写真”をせっせと公開するのはナゼなのか)人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面
以下、金正恩氏の暗殺についてまとめた。
金正恩氏が夢見る「ソウルの泥沼」と「無人機で暗殺」の悪夢
北朝鮮が訓練を行う目的は?
北朝鮮は、黄海上の南北境界線に近い韓国の延坪島とペンニョン島の占領を想定した特殊作戦部隊の攻撃訓練を、25日の「先軍節」に合わせて行った。訓練は金正恩党委員長が視察する中、航空部隊と砲兵隊が2島に見立てた島に砲爆撃を加えた後、空と海から歩兵部隊が奇襲上陸し、韓国の海兵旅団を撃破するシナリオに沿って行われた。
その様子を伝えた朝鮮中央通信によれば、金正恩氏は訓練の出来にたいへん満足し、「敵を無慈悲に掃討し、ソウルを一気に占領し、南朝鮮を平定する考えをしなければならない」と述べたという。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面北朝鮮がいまこの時期にこうした訓練を行うのは、米韓合同軍事演習に対抗するためだろうが、実際に戦争が起きたと仮定したとき、朝鮮人民軍(北朝鮮軍)が「韓国を平定」することなど出来るのだろうか。
ハッキリ言って、そんなことはとうてい不可能である。
北朝鮮軍は弱い?
軍事の専門家でなくとも、戦争において最も重要なのがロジスティクス(兵站)であることはわかる。北朝鮮軍は、この部分がものすごく弱い。自軍の兵士が栄養失調で餓死寸前なのに、他国の領土を制圧するなど夢のまた夢である。
(参考記事:金正恩氏の「ポンコツ軍隊」は米軍に撃たれる前に「腹が減って」全滅する)飢えに飢えた兵士らは韓国の豊富な食べ物を見て、略奪の限りを尽くす可能性が高い。またそうでもしなければ進軍もおぼつかないのだから、北朝鮮軍は盗賊の群となる。自国においてすら軍紀を守れない軍隊が、他国において規律の整った統治などできるはずもないのだ。
(参考記事:「性上納・飢餓」以外にもある金正恩氏「ポンコツ軍隊」のブラックな実態)北朝鮮軍は怖くない?
だが、これは北朝鮮軍がまったく怖くないという意味ではない。
朝鮮半島有事を想定したときに、米軍がとくに懸念しているとされるのが、北朝鮮軍が非武装地帯に多数掘削した秘密トンネルの存在である。北朝鮮軍はこれを通じ、1時間に2万人を韓国の首都圏に侵入させることができるとも言われる。
北朝鮮の特殊部隊と韓国の市民が入り乱れるような事態となれば、北に対して圧倒的に優位にある米韓の航空戦力も用をなさなくなる。戦闘が長期間にわたる一方、北朝鮮が自国内で核兵器を使用するのを警戒して、米韓側は平壌に攻め込むことができない――「ソウル占領」を云々する金正恩氏が思い描いているのは、このような泥沼に米韓を引きずり込むことかもしれない。
このように考えると、米韓はやはり「開戦不可避」と判断した時点で先制攻撃し、金正恩氏を排除することを狙わなければならない。繁栄の度合いの大きい韓国の方が、戦争によって失うものが北朝鮮に比べ大きいからだ。
現状、米韓側で「金正恩暗殺」に使えそうな兵器は、各種の地対地ミサイルと地対空ミサイル、米軍のステルス戦闘機などだ。
そして近いうちに、ここに米軍の最新型無人攻撃機「グレイ・イーグル」(MQ-1C)が加わる。アフガニスタンなどでの要人暗殺で実績のある「プレデター」の改良型で、高度7600メートルで30時間の滞空が可能という。翼下に武器を吊るすパイロンも2つから4つに増え、攻撃力も倍増している。
金正恩氏の暗殺を狙う無人機
朝日新聞が2017年8月25日付で報じたところによれば、米国がイエメンやアフガニスタンなどで行ってきた無人機を使った要人殺害のデータを持たない北朝鮮は、グレイ・イーグルの韓国配備などを警戒し、旧ソ連の諜報機関である国家保安委員会(KGB)の元要員らを軍事顧問として招請したという。
有事が近づいたら、平壌上空に音もなく進入する無人機により命を狙われることを、金正恩氏も承知しているのだろう。ふだんから自分用トイレまで持ち歩く金正恩氏が、無人機から逃れるのは楽ではあるまい。
(参考記事:金正恩氏が一般人と同じトイレを使えない訳 )「ソウルの泥沼化」が早いか、「金正恩暗殺」が早いか。朝鮮半島有事の帰趨は、もしかしたらこの辺にかかって来るかもしれない。
北朝鮮で金正恩氏の暗殺未遂…「専用列車を爆破」秘密警察が報告
金正恩氏の暗殺計画
東京新聞が2017年4月2日付の朝刊で、北朝鮮で金正恩党委員長の暗殺が計画され、未遂に終わったと報じている。
同紙によれば、北朝鮮で36年ぶりに朝鮮労働党大会が開催された昨年5月、秘密警察・国家安全保衛部(現・国家保衛省)の地方組織が実施した一部住民に対する講演で、金正恩氏の専用列車の爆破計画が党大会前にあり、未遂に終わったと報告していた。事件の具体的な時期、容疑者の氏名は明らかにされていないという。
(参考記事:「正恩氏の列車 爆破計画」 昨年5月、北秘密警察報告)講演内容がこのとおりならば、暗殺計画は実在した可能性が高い。体制の守護を使命とする秘密警察が、このようなウソを言う理由が見当たらないからだ。
ただ、このような情報は、これまでにもまったくなかったわけではない。
たとえば2015年10月初め、北朝鮮の葛麻(カルマ)飛行場で、金正恩氏の視察前日に大量の爆薬が見つかったと米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じている。
建物の天井裏から発見されたのは、TNT火薬20キロ。手榴弾なら130個分以上になり、「暗殺計画」の存在を疑いたくなる量だ。
金正恩氏の暗殺ミステリー
真偽のほどは定かでないが、金正恩氏の「悪政」に不満を募らせた幹部が、遂に行動を起こしたということなのだろうか。玄永哲(ヒョン・ヨンチョル)元人民武力相のように、文字通りミンチにされて殺されるぐらいなら、「こっちが先にやってやる」と考える幹部が出てきても不思議ではない。
(参考記事:玄永哲氏の銃殺で使用の「高射銃」、人体が跡形もなく吹き飛び…)国民に対する監視・統制の厳しい北朝鮮では、体制への不満をぶちまけるのも命がけだ。つい最近の例では、市民が権力への抗議の意を表すため、朝鮮労働党の庁舎前で切腹する出来事があったようだ。
また過去には、製鉄所の労働者たちが権力の横暴に集団で抗議。それを弾圧するため体制側が軍隊を投入し、数百人もの人々を戦車で轢き殺すという凄惨な事件もあった。
(参考記事:抗議する労働者を戦車で轢殺…北朝鮮「黄海製鉄所の虐殺」)さらに軍隊内では、クーデター未遂事件があったとの情報も伝えられている。1990年代半ば、朝鮮人民軍第6軍団が蜂起を計画。実行前に、やはり体制により抑え込まれてしまったという。
金正日氏の暗殺未遂説
一方、今回のカルマ飛行場の件とよく似たケースであるように感じられるのが、2004年春に起きた龍川駅爆発事故だ。中国を訪問した金正日氏(金正恩氏の父であり、金正恩氏の前の最高指導者)が特別列車での帰路上で、小学生ら1500人を巻き込んだ謎の大爆発が起きたのだ。この出来事はいまもって、「暗殺計画」の可能性をはらむミステリーとして語られている。
(参考記事:なぜ最高指導者の近くに大量の爆発物が…北朝鮮「暗殺未遂説」のミステリー)北朝鮮において、最高指導者が水も漏らさぬ警護体制に守られているのは周知の通りだ。それなのにどうして、大量の爆発物が金親子の身近に置かれていたのか。
そんなことが一度ならず繰り返し起きるとは、金正恩体制に近い将来、何らかの異変があり得ることを示唆しているようでならない。
北朝鮮の暗殺部隊
暗殺は北朝鮮の首脳部を狙うものだけではない。北朝鮮が、数百人の工作員を海外へ派遣し、彼らが各地で様々な問題を起こしているという。
(参考記事:金正恩氏が数百人の暗殺・拷問部隊を海外派遣する理由)また、金正恩氏の異母兄・金正男(キム・ジョンナム)氏が殺害される事件も起きている。
(参考記事:金正男氏を「暗殺者に売った」のは誰か…浮かび上がる「裏切り者」の存在)金正恩氏を暗殺する「斬首作戦」
朴槿恵(パク・クネ)政権のときから、「北朝鮮が戦争を決断する前に、先制攻撃で制圧してしまおう」と、韓国軍の金正恩「斬首作戦」が取り沙汰されてきた。
斬首作戦とは、南北朝鮮の緊張が激化して衝突の可能性が高まった際、北朝鮮が全面戦争を決断する前に、先制攻撃で北朝鮮の意思決定機関を除去してしまおうとするものだ。要するに、暗殺作戦である。
この作戦が導入されたきっかけは、2015年8月の地雷爆発事件。南北軍事境界線の非武装地帯で北朝鮮が仕掛けた地雷が爆発し、韓国軍兵士が重傷を負った。朝鮮半島が一触即発の緊張状態に突入した。この時に、韓国は衝撃的な動画を公開した。
(参考記事:【動画】吹き飛ぶ韓国軍兵士…北朝鮮の地雷が爆発する瞬間)金正恩氏は、いつ暗殺されるかもしれないという恐怖心からか、一般人が使用するトイレを使わないほど、身辺に注意を払っているという。
(参考記事:金正恩氏が一般人と同じトイレを使えない訳)韓国軍の「金正恩暗殺部隊」
韓国も特殊任務旅団、いわば「金正恩暗殺部隊」を創設するとしている。今年1月4日、黄教安(ファン・ギョアン)大統領権限代行(首相)に提出した2017年度業務計画の中で報告した。当初、2019年創設予定だったが、2年前倒しされた。
(参考記事:韓国軍が「金正恩暗殺部隊」を年内に創設)しかし、斬首作戦には膨大なリスクが伴うことから、金正恩氏暗殺はそう簡単には実行されないだろう。
アメリカが金正恩氏を暗殺しない理由
アメリカが金正恩氏を暗殺しないのはなぜか。
イラクのフセイン大統領、リビアのカダフィ大佐などの独裁者を、死に追い込んだことはある。同じく独裁者である金正恩氏を暗殺しないのだろうか。独裁者を暗殺することが最も効率が良さそうだが。
アメリカが金正恩氏を暗殺しない理由。それは、金正恩氏が核兵器を持っていることだ。
仮に、暗殺に失敗した場合、核兵器を搭載したミサイルが在韓米軍や在日米軍を狙うだろう。さらには、完成に近づきつつある核兵器搭載ICBMで米本土が狙われるかもしれない。 このようなリスクを民主主義国家であるアメリカが負えないだろう。
アメリカでさえも、金正恩氏暗殺に手を出すことは考えにくい。
高英起(コウ・ヨンギ)
1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 、 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 、 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。