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10月初め、北朝鮮の葛麻(カルマ)飛行場で、金正恩氏の視察前日に大量の爆薬が見つかったと米政府系のラジオ・フリー・アジアが報じている。

死傷者1500人以上の悪夢

建物の天井裏から発見されたのは、TNT火薬20キロ。手榴弾なら130個分以上になり、通りがかった人の「爆殺」を狙うのに十分な量に思える。もっとも、自衛隊OBからは次のような解説も聞かれる。

「TNTは、簡単には爆発しないんです。全量を効果的に起爆するには、相当な数の雷管を挿し込む必要がある。監視の厳しい北朝鮮でそれだけのものを天井裏に仕掛けるなんて、ちょっと想像するのが難しいですね」

しかし北朝鮮でなくとも、それだけの爆薬が最高指導者の視察予定地でみつかったとしたら大ニュースだ。それに北朝鮮では過去にもこれとよく似た「怪事件」が起きている。

第2次小泉再訪朝の1ヶ月前の2004年4月22日午後、中朝国境に近い北朝鮮の龍川(リョンチョン)駅で、文字通り大地を揺るがす大爆発が起こった。半径数百メートル以内にある8千棟の建物が吹き飛び、包括的核実験禁止条約機構の地震波データは小型原爆並みの衝撃を感知した。

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小学生数十人を含む死傷者1500人以上、悪夢のような大惨事である。

北朝鮮側の説明では、事故は龍川駅の引き込み線で、硝酸アンモニウム肥料(以下、硝安)を積んだ貨物列車と油槽車両の入れ替え作業中に起きた。硝安は民生用爆薬の原料としても使われる。龍川では、油槽車両に高圧電線が接触して火災が発生、過熱された硝安が大爆発したという。

一応、この説明は筋の通るものとして受け入れられているが、発生現場が金正日総書記の特別列車の中国からの帰路上にあり、タイミング的にも通過の約8時間後だったことから、「暗殺テロ」を疑う声はなおも消えていない。

フランスの類似ケース

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メディアでは「爆発で空いた穴は深さ15メートル。地上での爆発では力学的にあり得ない。地中に埋められた爆発物の可能性がある」「訪中で成果の少なかった金正日は、実は時間を繰り上げて帰国していた」という趣旨の見方が展開されるなど、様々な角度からテロ説が述べられている。

もっとも、「テロ計画」の存在を断定できるほどの材料は、簡単にはみつからない。

まず深さ15メートルのクレーターについてだが、これは過去の硝安爆発事故の例が参考になる。

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2001年9月21日、フランス南部トゥールーズ郊外の化学工場で、硝安400トン前後が爆発した。

オレンジ色のキノコ雲が上がり、被害は3キロ先にまで及んだとされる。同工場は、外壁と床が厚さ60~120センチのコンクリートで出来ていたのに対し、天井は軽質素材とガラス窓。つまりは上方への「放爆構造」がとられていたのに、外壁は木っ端微塵になった上、60メートル四方、深さ10メートルという巨大なクレーターが生じた。龍川のケースは、特殊なものとばかりは言えないのだ。

金正日氏を「射程距離」に

では、爆発したのが確かに硝安であるとして、何者かの作為が働いた可能性はどうか。

「まず、金正日が通過する路線上に、可燃物と爆発物を積んだ貨車が2両も、しかも近接して存在すること自体、考えられません」

こう語るのは、金正日の警護体制に詳しい、脱北した元北朝鮮当局者である。

「金正日の警護を司る護衛司令部には鉄道担当部が設置されていて、大勢の駅員、列車乗務員、整備工までが配属されています。金正日が列車で移動する際には、すべての一般鉄道員を隔離して彼らだけで運行する。線路の点検と爆発物探知は人民保安部と国家保衛部が1週間前から徹底して行い、危険物を積んだ車両は本番の前日から移動が禁じられます」

ということは、爆発の原因となった油槽車と硝安を積んだ貨車は、金正日の通過時にも龍川の引き込み線上にあった可能性が高い。水も漏らさぬ警備体制の中、「危険車両」が2両も通過ルートに並んでいたという事実は、余計に作為の介在を疑わせる。

仮に「テロ計画はあった」ということを前提に想像を巡らせて見ると、相当に周到な準備がなされていたとの印象を受ける。

ふたつの車両が置かれていた引き込み線は、金正日が通過した本線から100メートル離れた所にある。一応「隔離措置」の体裁は整えられている上、硝安の爆発力をもってすれば、金正日を確実に「射程距離」に捉えられる。

ちなみに、硝安は過熱せずとも、鉄片が秒速1200メートルの速度で衝突すると爆発する特性がある。ライフル弾では遅すぎてダメでも、戦車砲弾を撃ち込めば安全な距離から爆発させられるということになるが、そんなことをするぐらいなら直接狙撃した方が良いかもしれない。

もちろん、上記は仮説に過ぎず、多分に矛盾をはらんではいる。

「金正日の警護は先ほども述べた通り、護衛司令部、人民保安部、国家保衛部の3者が一体となって行なっています。高度なテロ計画が練られていたとするなら、これらの機関の中に相当数の同調者がいると考えねばなりません」(前出・脱北者)

一部に自作自演説も

いずれにせよ、この事故は多分にミステリーをはらんだままになっているのだが、この出来事をテコにした日朝関係の急展開もあり、そこにこだわる人は多くなかった。

「事故の被害は甚大でしたが、北朝鮮は逆にそれを生かして、自国に有利な国際環境をつくり出しました。いつもの秘密主義を捨てて、異例の速さで事故を報道。すると韓国、日本、中国、米国などが相次いで人道支援を表明します。

金正日は事故直前に北京で中国首脳と会談し、核問題を巡る国際協議に忍耐強く取り組む姿勢を表明していたこともあり、北朝鮮を取り巻く対話ムードは一気に高まった。とくに日朝は、5月初旬に北京で拉致問題を前提に政府間交渉を実施。これを下地に、電撃的な第2次小泉訪朝が実現したのです」(同)

この展開を見て、北朝鮮の「自作自演」を疑う向きもごく一部ながらあったが、それこそ証拠のない想像の産物と言えた。

だが、そんな空想をかき立てずには置かないほど、北朝鮮には多くのミステリーが存在するのである。

(取材・文/ジャーナリスト 李策)