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しかし、このような人手不足の根本には、金日成氏が行なった出産抑制策も関係している。

北朝鮮では、朝鮮戦争の終わった1955年から1970年にかけて、人口1千人あたりの出生数が30人を上回っていた。これは、日本の第一次ベビーブーム時の出生率に匹敵する数値だ。

ところが70年代初頭、金日成氏は「人口増加率は下げたほうがいい」と述べた。これに基づき、当局は積極的な出産抑制策を打ち出した。1973年には妊娠中絶を合法化し、結婚可能年齢も引き上げられた。また、学校では避妊についての教育が行われるようになり、避妊具の普及も進められた。