韓国のソウル中央地裁は21日午後、人身保護請求の審問を開き、4月に集団脱北した北朝鮮レストランの従業員13人が自分の意思で韓国に入国したのかどうかや、情報機関である国家情報院(国情院)の保護施設に滞在している現状が妥当なのかについて審理を行った。

人身保護請求は、施設に不当に閉じ込められた人が救済を求めるもので、強制入院させられたり、宗教施設で自由を奪われたりした人が申し立てるケースが多いという。

美女たちを指名手配

今回、これを申し立てたのは従業員らでなく、左派的な韓国の弁護士団体、「民主社会のための弁護士の集い」(民弁)である。民弁は、「子供たちは韓国に拉致された」と訴える女性従業員らの家族から中国の大学教授を通して委任状を受け取ったとして、この請求を行ったのだ。

これに対し、脱北者団体などの保守系グループが反発。「民弁は北朝鮮の手先か!」と声を上げ、左右両派の間での論争に発展したのだ。

昨日の審問には従業員ら本人が出席せず、国情院が立てた代理が対応。民弁はこれに不服を唱えて裁判所の変更を申し立てたため、審問は先延ばしになり、よって論争は当分続く見込みだ。

筆者は、どちらの主張が正しいかを、ここで論じるつもりはない。「女性従業員らが出席し、『自分の意思で脱北しました』などと言ったら北に残った家族がどんな目に遭わされるかわからない」という保守派の主張はもっともだ。

しかし韓国は民主社会であり、民弁が正当な手続きを踏めば、その請求を理由なく退けることも難しいだろう。

こうした様相を見ていて気になるのは、北朝鮮による世論操作の巧みさだ。北朝鮮当局は、CNNやAPなどの外信に女性従業員の家族や元同僚を繰り返し取材させ、「脱北でなく拉致だ!」とのメッセージを流し続けている。家族に民弁への委任状を書かせたのももちろん北の当局であり、それは民主社会の特徴を熟知しているからだろう。

美貌で人気爆発

そしてその一方、女性従業員たちを「指名手配」するかのような挙に出て、本人たちにプレッシャーをかけるのも忘れない。

北朝鮮の朝鮮人民軍には敵軍瓦解工作局という対韓国心理戦の専門部隊があるが、おそらくはそこのエキスパートたちが総動員されているのだろう。だがそれも、彼女らの脱北が金正恩体制に大きなダメージを与えていることの反証と言える。

本人たちには不安な日々がしばらく続きそうだが、もともと韓国では好感度の高い彼女たちだ。過去には、ネット上でアイドル並みの人気を集めた美貌のウェイトレスもいた。

一日も早く、新天地での安定した生活を手に入れることを願いたい。

高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記

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