北朝鮮が、米国による先制攻撃を恐れている。朝鮮中央通信によると、北朝鮮外務省の報道官は15日、米国で自国への「精密空襲作戦」が公然と論じられているとして警戒感を露わにした。

斬首作戦に同調

「精密空襲作戦」とは、米国の民間情報会社が5月末に配信したレポートのこと。有事の際、米軍は十数機のB-2ステルス爆撃機と24機のF-22ステルス戦闘機を中心とする戦力で、北朝鮮の核関連施設とミサイル発射施設を叩くとする内容だ。

それにしても、これがCIAや国防総省から出たものならいざ知らず、民間のレポートにどうしてそんなに敏感になるのか。

その理由は件の情報会社、通称「ストラトフォー」の素性にある。正式な社名はストラテジック・フォーキャスティングといい、米テキサス州オースティンに本部を置く。CIAの分析官も務めた政治学者、ジョージ・フリードマン氏が1996年に創設した。

同社の名が広く知られるようになったのは、イラク戦争(2003年3月)がきっかけだったとされる。開戦の半年も前に、同社はその勃発と戦闘の経過を詳細に予測していたのだ。以来、「影のCIA」などと呼ばれているが、実際に国防総省やCIAと強いパートナーシップを結び、情報活動の一端を担っていると言われる。

吹き飛ぶ韓国軍兵士

つまり北朝鮮は、今回のレポートがイラク戦争時と同様に、現実のものとなる可能性を感じているのだろう。

それも、無理もないことかもしれない。昨年来、韓国軍は金正恩氏ら北朝鮮首脳部に対する「斬首作戦」の導入を進めており、米軍もこれに同調。韓国軍との合同演習に、多数の特殊部隊を参加させている。

韓国軍がそうした動きを見せ始めたのは、昨年8月の軍事危機がきっかけだった。北朝鮮の仕掛けた地雷により、自軍兵士2人が負傷。その映像を見た韓国国民が、謝罪を拒み挑発を強める北朝鮮に怒りを募らせ、有事を覚悟する空気が国内で強まったのだ。

だが、そこに米軍が合流した理由は、もちろん別のところにある。

暴走の裏に「虐殺」

金正恩氏がメンツをかなぐり捨てて、何度失敗しても弾道ミサイルの試射を繰り返している事実に見られるように、北朝鮮は実戦で使える核ミサイルの開発を急いでいる。そんなものが相当数、実戦配備されるようなことになれば、いくら米軍でも北朝鮮の脅威と向き合うのは簡単なことではなくなる。

つまり、北朝鮮の核開発意図を「外科的」に阻止するならば今が最大のチャンスであり、ストラトフォーのレポートはそれを強く促しているような部分もあるのだ。仮に米国と北朝鮮が戦争になれば、米国の同盟国である韓国に甚大な被害が生じるのは避けられないが、レポートは北朝鮮の兵器の老朽化などを理由に「反撃によるリスクは限定的」だと指摘しているという。

やるなら今しかない、というわけだ。

正恩氏が米国による「斬首」を確実に避けるためには、やはり核開発を放棄するしかなかろう。しかし仮にそうしても、人権問題で追い詰められている正恩氏が、米国などと良好な関係を築ける可能性はゼロに等しい。


正恩氏の置かれた立場こそ、「進も地獄、退くも地獄」なのかもしれない。

高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記

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