デイリーNKジャパンの北朝鮮内部情報筋によれば、その事件は、4月上旬に起きたという。北朝鮮北部・咸鏡北道のとある国境都市に住む現職の保安署(警察)幹部である朴氏(50代前半)は、この夜もいつもの様に2年来の不倫相手の女性の家に上がり込み、逢瀬を楽しんでいた。ところがそこに女性の夫(金氏)が帰宅。「現場」で鉢合わせになった朴氏は慌てて外に逃げ出したものの、金氏は台所にあった包丁片手に追いかけ、朴氏を5回以上もメッタ刺しにした。朴氏は現場で死亡が確認された。

権力者たちの「乱れた性」

金氏はその足ですぐに立ち去り、行方をくらませた。朴氏の立場が立場だっただけに、治安当局もメンツにかけて総動員体制をとっており、中国への逃走を防ごうと、軍である国境警備隊までもが動員されているという。

と、ここまではどこの国にもありそうな話だが、特筆すべきは、情報筋が伝えてきた現地住民の反応である。「権力があるからと、手当たりしだい女に手を出しているのだから殺されて当然だ」と、殺人犯の金氏の肩を持つ世論が圧倒的だというのだ。情報筋が言う。

「軍や警察、党幹部などによる不倫は今や当たり前。特に農場や建設現場などに強制的に動員される女性などは恰好のターゲットだ。幹部は若い女性の1人や2人は囲って当然という風潮がはびこっている」

軍隊内でも性暴力

不倫の見返りとしては、食糧や生活物資の特別供給などの「現物」や、女性の職場での昇級などが供与されると、情報筋は説明する。作業現場に動員される女性は、賄賂で労働を逃れられない貧しい家庭の場合が多いため、幹部たちは見返りをちらつかせ、大っぴらに不倫を強要しているとのことだ。また、同様の現象は軍隊内にも見られ、昇進をエサにした性暴力も横行している。

先の3月には、 不倫相手の検察幹部を「バック」に、警察(保安署)の取締りを逃れてきた覚せい剤の密売を行う女性が、保衛部に捕まり重刑を言い渡される事件があったと情報筋は付け加えた。

妻子まで報復殺人

いくら北朝鮮とはいえ、警察官の殺人を支持する声が大きいというのは、にわかに信じがたい。

だが実際、ここ10数年の市場経済化により多少改善されたとはいえ、貧しく抑圧された庶民生活は依然として続いている。何よりも権力に比例して利権が増えるいびつな経済構造が北朝鮮では強固に根付いており、庶民と権力層の格差は日増しに拡大。それとともに、警察官などに対する報復的な殺人事件も増えている。

単純な今回の事件は、思わぬところで、庶民の「怒り」を浮き彫りにした。現在までも、金氏の行方はようとして知れないという。

高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記

    関連記事