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今月28日は北朝鮮の青年節だ。今年は82周年である。

青年節はもともと、2月1日の社労青記念日(朝鮮社会主義労働青年同盟)だった。それを1991年に、中央人民委員会の政令に基づき、8月28日に変更された。

当時の中央人民委員会は、「金日成将軍様が抗日革命闘争の時期に、青年運動の発展で画期的な意義を持つ、朝鮮共産主義青年同盟を結成した1927年8月28日を記念して、この日を青年節に指定する」と発表した。

北朝鮮の若者たちは、日々の不安や心配事を、この日だけは忘れて楽しもうとする。

当日、北朝鮮の中央青年同盟委員会は中央慶祝記念報告会を開く。朝鮮労働党機関紙・労働新聞を含めて、国営メディアは一斉に青年節を祝う記事や映像を出す。また、テレビを通じて青年事業を実施した金日成主席、金正日総書記の業績を宣伝し、各分野の青年たちの功績などを盛り込んだ記録映画も上映する。

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当局は、現場で働いている青年たちは、午前中だけ半ドンで休めるように、大学生、軍人、別の職場に所属している青年たちは1日休めるように便宜を図る。また、状況に合わせてスポーツ、芸術活動、ピクニックを楽しむ。

この日くらいはつらい日々を忘れて、青春を満喫しようという若者が多い。年配の人も、「今日は随分騒がしいねえ」などと、それとなく声をかけてくる。

大学、工場、企業所の青年組職では、芸術競演やスポーツ大会などが行われる。彼らの払った会費がその費用に当てられるが、生産品がある工場や企業所では、青年節の行事のために物質的なサポートを行う。

人気を集める韓国の80年代ヒットナンバー

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平安北道(ピョンアンナムド)の新義州(シニジュ)第2師範大学の学生たちは、クラスごとに費用を集めて、鴨緑江べりでピクニックを開く。それに欠かせないのは、料理と音楽プレイヤーだ。
学生たちは料理に舌鼓を打ちながら、プレイヤーから流れる音楽に合わせて歌ったり踊ったりする。定番は、キム・ボムニョンの「風、風、風」、シム・スボンの「あの時あの人」、チェ・ジニの「愛の迷路」など、80年代の韓国を席巻した大ヒットナンバーだ。

中国・丹東の遊覧船乗り場から見ると、ちょうど真正面の対岸に見える鴨緑江閣周辺は、普段から周囲に座っているのはすべて保衛員(秘密警察)と保安員(警察官)と言われるほど監視が厳しいが、この日ばかりは若者たちのパーティに見て見ぬ振りをする。

「2007年の青年節の日、友達と鴨緑江閣の周りで野遊会(ピクニック)を開いた」
「準備して持って行った料理をおいしく分けて食べて、友達と綱引きやしっぽつかみ、足首を縛る競走などいろんなゲームをした。北朝鮮の歌はほとんどいかめしいものや行進曲なので、韓国の歌を聞いて楽しく踊ったりした」
(新義州大学の卒業生で、現在は韓国在住の30歳の脱北者、リさん)

(参考記事:北朝鮮の若者「中国の文化は流行遅れ、今は韓流」

「保安員同志はなぜ韓国の歌だとわかるのですか」

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別の脱北者Aさんは、当時のエピソードを語ってくれた。一緒に遊びに行った友達が、お酒を一杯ずつ飲んで競技をしながら遊んで、ひどく酔っ払ってしまった。酔ったAさんはピクニックが終わって帰宅の際、友人に「韓国の歌は本当に楽しいなあ。ここ北朝鮮の歌はとても硬くてつまらないのに、韓国の歌は感情が良く出ていて自然と踊りたくなる」と言って、「愛の迷路」をしきりに口ずさんでいた。

あれほど念押ししたのに  愛というのはわからないものですね
愛で盲目となった胸は  一つの真実に泣きます
あなたの小さな胸に植えた愛よ  傷つけないで 永遠に
終わりも始まりもない遥かな  愛の迷路よ

そう歌っていたら、目の前に保安員が仁王立ちになっているのに気づいた。顔見知りの仲だった保安員は、Aさんに尋ねた。

「お前。今何の歌を歌っていたんだ」と言ったので、驚いたAさんと友達は瞬きして「え、何の歌ですって」と聞いた。すると金保安員は「おい、このやろう。さっき韓国の歌を歌っていなかったか」といきなり大声を出した。

酒に酔っていた2人は気が動転したが、保安員をうつろな目で眺めて体をくねらして「何ですか、韓国の歌ですって。何が韓国の歌ですか。ところで保安員同志は、なぜ韓国の歌だとわかるのですか」と聞き返した。

普段から生真面目で無口なこの保安員、そう言い返されて一瞬慌てた様子を見せたが、すぐに「保安員は韓国の歌を知っていなければ、お前たちのようなやつを取り締まれないだろう」と返してきた。

Aさんは機転を利かせて「ところで、私たちが歌った歌は韓国の歌なんですか。私たちはこれが韓国の歌ということすら知らなかったのですが。ただ他の人達が歌っていたので、チェポ(帰国した元在日朝鮮人)の人たちの歌だと思って歌っていました」と言った。

毎年、金日成氏の誕生日である4月15日には、「4月の春親善芸術祝典」が開かれるが、参加する日本からやって来た在日朝鮮人は、さまざまな創作曲を披露する。いかめしい音楽ばかり聞かされている北朝鮮の人々にとって、彼らの歌は新鮮で耳心地よく聞こえる。それで、祝典のたびに、皆が歌詞を書き取って覚えようとするのだ。

何も言えなくなったこの保安員は、「次から歌を歌う時はどういう曲なのか知ってから歌え」とどやしつけて去っていったという。

Aさんは、「今はそういうことが頻繁にある。軍人たちも娯楽会を開いて、全部韓国の歌を歌ってダンスをして、軍官(将校)たちは聞かぬふりをする」「保衛部や保安員も皆がそうだから、中央党<朝鮮労働党中央委員会>の検閲<監査>や見せしめの取り締まりにさえひっかからなければ大丈夫」と語った。

朝鮮人民軍(北朝鮮軍)で勤務し、満期除隊した脱北者のBさん(28歳)は、「私が服務していた部隊(108号訓練所)では、毎年の青年節に、大隊に集まって中隊対抗のスポーツの試合をした」「この日は朝からほとんど1日中、ボールを持って走り回っていたのを思い出す」と話してくれた。

北朝鮮軍の部隊の多くで、このようにサッカーやバレーボール、バスケットボール、格闘など球技の種目や軍事種目ごとに試合が行われる。中隊対抗のサッカーの試合は、昼食を挟んで続けられ、決勝が終わるのは午後3〜4時だそうだ。

夕方には1時間から1時間半ほどのダンスパーティが開かれるが、「金日成将軍の歌」や「金正日将軍の歌」、「遊撃隊行進曲」など金父子を称える曲や、軽快で明るい歌に合わせてダンスをするそうだ。

北朝鮮でも歌われる韓国民主化運動の歌

脱北者のCさん(23歳)は、「中学生の時、青年節の日は(4年生以上の)青年同盟員だけ休みになった)」「この日は体育大会を組織して、馬乗りや統一列車(二人三脚の大人数版)、チェギチャギ(羽根蹴り)、たこ揚げなどさまざまな競技をした」と語った。

競技が終わったら友達どうし川辺に遊びに行ったり、集まってお金を集めて食べ物を買って食べて遊んだりしたが、中学生もやはり歌う歌は全て、韓国の歌だったという。

ナ・フナの「雑草」や、キム・ウォンジュンの「岩の島」も、1990年代中盤から北朝鮮の人の間で広く歌われた。後者は、1980年の光州民主化運動への支援する気持ちを隠喩で込められた歌だが、歌う若者も取り締まる保安員もその意味を知るまい。

青年節は本来、金日成氏の抗日精神などを宣伝する日だが、若者たちにとっては心休まる休みの日に過ぎない。

(参考記事:北朝鮮で一時期消えたディスコが復活か?