北朝鮮の金正恩第一書記が、金正日総書記の後継者として登場した時、こう言われた。

「金正恩氏は、スイスに留学経験があり資本主義も民主主義も知っているから、軍事優先の北朝鮮を開放に導くかもしれない」

しかし、結果はご存じの通り。金正恩氏は、父・金正日氏以上に、国際社会にとって厄介な脅威となっている。

金正恩氏は、2016年に入って水爆実験と称する第4次核実験(1月6日)、そしてそれに続く長距離弾道ミサイルの発射実験(2月7日)を行った。最高指導者になって以後、核実験と長距離ミサイルの発射を2回ずつ行ったことになる。この回数は既に軍事を優先させる政治体制「先軍政治」を標榜した金正日氏に並んでいる。

それだけではない。2013年の3月には一方的に休戦協定を白紙にして、第2次朝鮮戦争の一歩手前に陥った。昨年8月には、地雷事件に端を発した南北対立で、韓国への好戦姿勢を露わにした


その頻度と挑発度合いは、金正日をしのぎつつあると言っても過言ではない。

さて、こうした北朝鮮の懸念が生じる度に「軍部が暴走して、金正恩氏がその圧力に屈した。やはり若い金正恩氏は軍部を掌握しきていないのでは?」と論じられることが多いが、こうした分析は的外れだ。

金正恩氏は2012年に金正日氏がお膳立てした李英鎬(リ・ヨンホ)総参謀長を粛正し、その後も朝鮮人民軍の人事をコロコロ入れ替えたり、軍幹部の昇格・降格を繰り返している。さらに、昨年5月には、日本の防衛大臣にあたる人民武力相の玄永哲氏を無慈悲に粛正するなど、軍部に対する恐怖政治さえも厭わない。

通常、こうしたことが繰り返されれば、軍部からの反発があってもおかしくないが、そうした動きは一切見えない。つまり、巨大な武力を保有する朝鮮人民軍でさえ、金正恩氏には一切逆らえないことを意味している。

そもそも、北朝鮮の監視体制は労働党であろうと軍部であろうと、高級幹部になればなるほど厳しくなり、プライベートな会話すらままならない。ましてやクーデター謀議や、軍部だけで金正恩氏を操ろうなどということは不可能だ。

金正恩氏と朝鮮人民軍は既に一体化し、そして、金正恩氏が絶対的な最高司令官として君臨している。だからこそ、北朝鮮の暴走は「軍部の暴走」ではなく、「金正恩氏の暴走」とみるべきだ。気になるのは、金正恩氏の暴走の向かう先だ。これについて最近、北朝鮮内部から気になる情報が舞い込んできた。

昨年末に死亡した韓国交渉担当の金養建(キム・ヤンゴン)統一戦線部長の後任に、強硬派である金英哲(キム・ヨンチョル)氏が就任したというのだ。

金英哲氏が統一戦線部長に就任したという公式アナウンスはまだない。しかし、これが事実だとすれば、金正恩氏は対南戦略において、今まで以上の強硬策をとってくる可能性が高い。

高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記

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