連載・日本の対北朝鮮情報力を検証する/自衛隊編(2)

日本最強の情報機関・防衛省情報本部で最も大きいの実働部隊は、電波部とその指揮下の「通信所」と呼ばれる電波傍受施設だ。

北朝鮮はかつて、韓国や日本へ派遣した工作員に指令を伝えるため、AMラジオで乱数表を読み上げる「A3放送」を行っていた。だが、北朝鮮による海外への指令の大半は、昔も今もA3放送ではなく「CW」と呼ばれるモールス信号による通信で行われているという。

そして、北朝鮮のCWを傍受しているのが、美保通信所(鳥取県境港市)と大刀洗通信所(福岡県朝倉郡筑前町)、喜界島通信所(鹿児島県奄美郡喜界島町)の3施設だ。

ノンアクションの定石

「ゆっくりとした朝鮮語で乱数化した数字を読み上げるA3、つまりボイス通信は、大した訓練を受けてないアマチュア工作員に対するものだ。日本領海に侵入する工作船や海外拠点に対する指示は、モールス信号で行われる。モールス信号は、送る方も受ける方も特別な訓練を受けなければ、やりとりができない」

「通信所の傍受員は、素人には雑音にしか聞こえないモールス信号、それも傍受を阻むため刻々と変わる周波数でやりとりされる通信を、蓄積されたデータとノウハウを駆使して捉える。そして、6つの通信所からの方位測定で、発信源を特定するんだ。 こうして相手の輪郭を描き出し、その意図を割り出してく手法が『通信分析』だ。暗号を解読しなくても、大抵のことはこの手法で解明できる」(自衛隊OB)

だが本当にそうならば、どうして北朝鮮による日本人拉致を防ぐことができなかったのか、との疑問が湧く。なぜなら拉致被害者の大半は、北朝鮮の工作船で連れ去られているのだから。

防衛上の「空白」

「電波傍受からの情報に基づいてアクションを起こせば、相手に傍受していると教えるようなもの。傍受されていると分かれば、相手は周波数や暗号を大きく変更する。そんなことをすれば、これまで蓄積してきたデータやノウハウが水の泡だ。だから電波傍受では“ノンアクション”がセオリーになっているんだ」(同)

日本は旧ソ連の戦闘機が旅客機にミサイルを撃ち込んだ1983年の大韓航空機撃墜事件に際し、ソ連軍機パイロットと管制官の間で交わされた「撃墜命令」の内容を公表した。

これを受け、ソ連は撃墜の事実を認める一方、すべての軍事通信の周波数や暗号を変更。西側諸国は電波を傍受できなくなり、防衛上の空白が生まれたといわれる。

しかし、電波傍受の成果を活用し、工作船の接近や工作員の潜入を阻んでいたなら、多数の拉致被害者を救えた可能性がある。そこに生かせないデータやノウハウに、どんな価値があるというのか。

自衛隊に残された「植民地」

こうした本末転倒の背景には、情報本部最大の実働部隊であり、要員の半分以上が所属する電波部が、実は防衛省に残された最後の「植民地」である事情がある。

1952年に発足した内閣調査室(内調)は、郵政省の技官らを集めた電波傍受部門を運用し、朝鮮戦争の推移を見守っていたのだが、冷戦が激化するにつれて新たな電波傍受組織の必要に迫られた。混沌とする北東アジアの情報収集を日本に分担させたい米軍から、強い要請を受けたためだ。

そして1958年、戦時中にソ連や中国の電波傍受を行っていた旧軍の「特殊情報部隊」出身者らによる陸自の部隊を母体に、新組織を作る。これが、情報本部の原形とも言える陸幕第2部別室、通称「二別」である。組織は形式的に陸自に置かれたが、別室長には警察官僚が就き、指揮権は内調が握った。これは、1978年に二別から「調別」(陸幕調査部第2課別室)に看板を掛け替えた後も変わっていない。

防衛庁が「省」に昇格する以前、同庁および自衛隊は警察官僚の“管理下”にあり、加えて、インテリジェンスも警察官僚の領域とされていた。このため二別(調別)のトップも必然的に警察官僚のポストとなり、今も電波部長には警察官僚(本部長経験者)が就いているという。

米国を無視できない

「調別が情報本部となり、本部長以下の主要幹部を自衛官と防衛事務官が占めるようになってからも、情報力の源である電波部長は、警察官僚の指定席のまま。これは、制服組による情報の独占を警戒した後藤田正晴元官房長官(警察庁出身)が、情報本部を発足させる際に防衛庁(当時)に飲ませた条件だ。 調別時代、警察官僚の別室長は、電波傍受の成果を防衛庁に報告する前に警察庁に報告し、警察庁はこれを“独自情報”として官邸に上げていた」(同)

ということはつまり、拉致事件が発生した当時の電波傍受の責任者は、警察官僚だったことになる。

しかし、仮にインテリジェンスに長けてはいても軍事に関しては“部外者”であったがために、「ノンアクション」を電波傍受のセオリーとする自衛隊、というよりその背後に控える米軍の意向を無視するわけにはいかなかった――このように想像するのは不自然だろうか。

米国が9・11同時多発テロを防ぐことができなかった最大の原因は、情報機関同士の錯綜した組織関係にあったといわれる。日本においてもインテリジェンス・コミュニティ内部の「壁」が、日本人拉致事件の多発を許したのかも知れない。 そして、視野を国際的な情報協力にまで広げて見れば、自衛隊がより高い「越えられぬ壁」にぶち当たっている現実が存在するのだ。(つづく

(取材・文/ジャーナリスト 三城隆)
【連載】対北情報戦の内幕

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