北朝鮮の「革命第1世代」のひとり、朝鮮人民軍の李乙雪元帥が7日に死去した。94歳だった。

北朝鮮の公式発表によれば、李氏は故金日成主席が率いた抗日パルチザンに参加。1950年からの朝鮮戦争では連隊長、副師団長として戦ったという。

革命第1世代は金日成―正日―正恩氏の家系が支配する北朝鮮体制の「元老」とも言える存在で、パルチザン出身者とその子孫は、支配層の上位を占める。

また、彼らの存在はかつて日本と戦った旧東側各国でも認知されており、今年もロシアのプーチン大統領から「抗日革命闘士」として記念メダルを贈られている。実際に日本と戦ったわけではない金正日氏や正恩氏が体制の「正統性」を主張する上で、大事な存在だったと言える。

さらに彼ら「老兵」は、北朝鮮の一般的な高官と比べても異質な存在だった。

あの国で、独裁者に直言するなどというのは自殺行為だ。しかし老兵たちは、金正日―正恩親子が頼らざる得ないものを持っていた。強大な大日本帝国やアメリカ合衆国と渡り合った経験と、そこから発する胆力である。

例えば、金正日氏の特使としてホワイトハウスに乗りこんだ趙明禄元次帥がいる。

趙氏は抗日パルチザンとの関係が確認できないものの、世代としては革命第1世代と近く、北朝鮮の軍人の中でも特殊な経歴で知られている。1960年代、金日成氏により極秘裏にベトナム戦争へ派遣され、米軍と戦っていたのである。

聖学院大学の宮本悟教授によれば、当時、北朝鮮からベトナムへ派兵された空軍パイロットたちは世界最強の米空軍と死闘を繰り広げ、24機撃墜の戦果を残している。

また、今年5月に金格植元人民武力相が死去した際の正恩氏による礼遇ぶりは、まさに最大級のものだった。同氏は抗日パルチザン出身ではなかったが、軍歴は長く、動乱期の中東にも駐在している。そして、2010年には韓国側の不意を突いて海軍艦艇を撃沈。韓国領土への砲撃までやってのけ、「実績」が皆無の正恩氏が父親の後継者となる上での「ハク付け」を担った。

しかしさすがに、この世代の重臣はほとんどが鬼籍に入った。下の世代の高官の中に、独裁者からの畏敬を得るほどの人材がどれだけいるか。

いま、正恩氏の周りを固めるのはパルチザン2世たちだが、ポストの浮沈は激しい。

それどころか、本来なら筆頭格であるべき崔龍海氏などは、変態性欲スキャンダルがほとんど全国民の間で話題にされている人物である。

さらには、正恩氏の「側近殺りく」による人材の欠乏、行政の空転も深刻化していくだろう。

革命第1世代の「退場」は、金正恩体制の運命と直接つながる現象なのだ。

高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記

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