北朝鮮の国民にとって故金日成主席は、キリスト教やイスラム教などの一神教における「全能の神」のような存在だった。50年代後半以降進められた「偶像化教育」のみならず、「全人民の父なる首領」としてセルフプロデュースを怠らなかった金日成氏だったからこそ成し得たと言える。付け加えるなら、神格化のためには無慈悲な粛清すら厭わなかった。

昨年4月に朝鮮中央テレビが放送したモランボン楽団のライブの時に流された、金正恩氏は子どもの時から飛行機を操縦していたという映像(画面:朝鮮中央テレビキャプチャー)
昨年4月に朝鮮中央テレビが放送したモランボン楽団のライブの時に流された、金正恩氏は子どもの時から飛行機を操縦していたという映像。このようなプロパガンダは若者たちの嘲笑の的となっている。(画面:朝鮮中央テレビキャプチャー)

祖父に比べると、孫の金正恩第1書記は「ない」ことだらけだ。帝王学を受けられなかったために「学がない」。突然の父の死で突如最高指導者となったため「経験がない」。また、生い立ちにまつわる「伝説もない」

北朝鮮当局は、金正恩氏を神格化するため、ありとあらゆる手段を用いているが、さほど効果がないのが現状だ。むしろ、稚拙な神格化がひそかに嘲笑の的となっている。

「最近の学生は、金正恩氏に対して『忠誠』という言葉は、ほぼ使わない。忠誠を尽くそうにも、そもそも国から何かをしてもらったわけではない。これでは金正恩氏の存在をありがたく思わなくて当然だ」

こう語るのは、平安南道(ピョンアンナムド)デイリーNK内部情筋。金日成時代を知らない若者層は、そもそも「最高指導者」への畏敬の念もなければ、忠誠心もない。国営テレビで放送される数々の「金正恩伝説」は全く見ない、見たとしても、もはや「ネタ」扱いするだけだ。

例えば、金正恩氏が3歳の時に「光明星賛歌」を耳で聞いて文字に起こしたという「エピソード」があるが、若者たちは「ありえねー」と鼻で笑うだけだという。さらに「そんな変な番組やめて、『記録映画』(金一族の一挙手一投足を記録した映画)の方がまだマシなんじゃね?」と露骨にからかう。

メディアだけでなく学校や講演会などで、「元帥様はすごい!」と褒め称えるが、あまりにも低レベルなエピソードのオンパレードで、逆効果になっている。威厳をつけるための肥満体型(推定130キロ)は、海外からも「太りすぎでは?」と心配されるぐらいだが、北朝鮮国内でも「贅沢し過ぎ」と密かに囁かれている。

こうした「金正恩神格化」の惨憺たる有り様を紹介すると、「北朝鮮はもうじき崩壊する!」と思われるかもしれないが、若者達が「反政府運動」をするほど、金正恩氏や北朝鮮政府に強い反感を抱いているわけではない。

「最近の若者たちからすれば、金正恩氏のことをただ単に『高い地位にいる人』と思うぐらいのようだ。そもそも彼らは金正恩氏にも、社会にも、国にも関心を持とうとしない」(情報筋)

中国の若者の間でも、物事を深く考えず、政府に露骨に歯向かう意思もなく、ただ金儲けができて楽しく生きられればいいという「政治的無関心」が広まっていると言われているが、北朝鮮の若者も似たようなものかもしれない。それが生き残る術だからだろう。

また、彼らは韓流ドラマを何の後ろめたさも持たずに楽しむ。大抵の違法行為は、ワイロでもみ消すことができるという社会の現実を知っているから「気に入らなくても法を守ろう」という道徳観が希薄なのだという。

「体制を崩壊するほどではなくても、社会の統制機能に亀裂が入っているころは間違いない」(情報筋)

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