玄永哲(ヒョン・ヨンチョル)人民武力部長(武力部長)の電撃的な粛清・処刑のみらなず、北朝鮮では今年に入って15人の高級幹部を粛清されているが、その嵐は地方でも猛威を振るっている。

会寧市中心部の様子(本文とは関係ありません) ©Raymond Cunningham
会寧市中心部の様子(本文とは関係ありません) ©Raymond Cunningham

米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)によると、中朝国境に面した北朝鮮咸鏡北道(ハムギョンブクト)会寧(フェリョン)市で、労働党責任秘書が粛清されたという。

RFAの北朝鮮内部消息筋によると、粛清されたのは会寧市の労働党責任秘書のホ・ヨンギ。5月に行われた中央党の検閲(検査)で摘発され、多くの部下もろとも粛清されたという。

ホ・ヨンギは、2001年に会寧市の党責任秘書に就任以来、金正淑氏(キム・ジョンスク、金正日氏の母親)の生家がある会寧を整備する目標を立て、北朝鮮では最も目に見える成果とされる「ハコモノ行政」を大々的に行ってきた。

一例を挙げると、金正淑氏の銅像の前にあった一戸建ての家が「みすぼらしい」という理由で強制撤去。跡地に総合レジャー施設の蒼光院を建設した。また、会寧中学校を移転させて、跡地には整備された市場を建設するなど、多くの「成果」を打ち立てた。

金正恩体制からすれば、華々しい功績のはずだが、ホ・ヨンギのキャリアはある事を理由に無残にも砕け散る。 

その理由とは、「側近ばかりを登用した」。かつて、鏡城(キョンソン)郡の党組織秘書だったホ・ヨンギは、会寧市に栄転が決まり、側近をすべて連れてきて、重要なポストを与えたという。

その代表格が、オサン旅館(ホテル)の支配人キム・ヨンオク。ホ・ヨンギはキム氏を鏡城から会寧に連れてきてホテルの支配人に登用した。また、宴会などでホテルを積極的に活用し、キム・ヨンオクもかなりの財産を築いていたという。

会寧出身の脱北者女性はRFAの取材に対して、「ホ・ヨンギは、一般住民を建設事業に動員して苦しい思いをさせたが、成果を上げていたことから当局にとっては都合のいい人物だったはず」と語った。さらに、ホ・ヨンギが15年間も会寧市党責任秘書のポストに居座ることができたのは、それなりの理由があった。

実は、ホ・ヨンギには中央党に実兄がいるという強力なコネクションを持っていたのだ。今回の事件のウラ事情を知るある脱北女性は語る。

「弟の不正に関する資料や告発が中央党に届いても、兄がもみ消していた。しかし、この兄が粛清されたために弟がとばっちりを受けた」

ホ・ヨンギの実兄が粛清された理由は不明だが、時期から推測すると相次いで粛清された高級幹部と近い関係だったと見られる。

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