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韓国の軍事アナリストの間からは、「あの事件を境に、南北間の海上での軍事対立は『平面的』なものから『立体的』な次元に移行した」との指摘が聞こえる。

「天安」事件が起きる以前から、軍事境界線の西側海域(黄海)では南北の軍事衝突が繰り返し起きている。

しかしそのいずれもが、水上艦艇どうしの“一騎打ち”や“団体戦”であり、使われる兵器は艦載砲までに限られていた。衝突を限定的なものに収めようという双方の「暗黙の了解」によるものだが、それがなぜ、「天安」事件では魚雷攻撃にまで発展したのか。

経済力で引き離され

伏線は、1999年の第1延坪海戦と2002年の第2延坪海戦、さらに2009年の大青海戦で引かれた。南北の警備艇が激突したこれらの戦闘で、北朝鮮は続けざまに敗北。大量の戦死者を出したのだ。