金正恩体制のなかで金与正氏の存在感が日増しに強まっている。

1月2日の労働新聞では与正氏の左手薬指に結婚指輪らしきものが確認された。韓国発の報道によると崔龍海氏の次男と結婚したとの話もある。崔龍海氏は一時期降格されたが、その後正恩氏の特使としてロシアへ訪問するなど復権の兆しを見せている。

1973年万寿台芸術団の踊り子として来日した高ヨンヒ
1973年万寿台芸術団の踊り子として来日した高ヨンヒ

次男が与正氏と結婚して晴れてロイヤルファミリー入り。そして崔龍海氏が表舞台に復帰という見立ては、なにやら歴史ドラマに出てくるような「王朝物語」のようだ。

筆者は4月の時点で「今後は頻繁に北朝鮮の公式メディアに登場するだろう」と予想していたが、まさにその通りになりつつある。生前の正日氏を妹の金慶喜氏が支えたように、妹の与正氏が金正恩氏を支えていくのだろう。そこまでして血族にこだわるのは、金正恩氏が最高指導者にふさわしい正当性に欠けるからだ。

金日成氏から三代続く世襲政治は、もはや社会主義体制というより封建体制、王朝体制であり、今の北朝鮮体制が拠り所とするのは日成氏を始祖とする「白頭の血統」しかない。金正恩体制が目指す先にあるのは「李氏朝鮮」ならぬ「金氏朝鮮」か。

しかし「白頭の血統」を強調すればするほど、そこに隠された最大のアキレス健も浮かび上がってくる。正恩氏も与正氏も元在日朝鮮人帰国者の高ヨンヒ(高英姫)が実母だからである。

 大阪鶴橋生まれの高ヨンヒ

高ヨンヒ(高英姫)が大阪鶴橋生まれの在日朝鮮人であることは既に知られている。一時期、高ヨンヒの出自に関しては「プロレスラー高太文の娘」という説が流れていたが、この説は完全な誤りである。本紙の独自取材によって彼女は高京澤(コ・ギョンテク)の娘であることが明らかになった。

高ヨンヒの日本での朝鮮名は「高姫勲」で日本名は「高田姫」だったが、北朝鮮へ帰国後「高ヨンジャ」と名前を変え、最終的に「高ヨンヒ」の名前を使用することになる。舞踊の道に進んだ高ヨンヒは1973年に万寿台芸術団の舞踊家として来日している。

冒頭の写真は本紙が公演スケジュールを全て終え、新潟から北朝鮮へ帰る時に撮影された貴重なスナップ写真である。

「白頭の血統」に潜む不都合な真実

高ヨンヒに関しては2012年に労働党幹部向けに配布された「記録映画」が北朝鮮当局によって回収する騒ぎがあった。金正恩の母親の偶像化を目的とした記録映画だったが、一般住民にまで出回り「不都合な真実」が広まることを北朝鮮当局が恐れて回収に乗り出した。

「不都合な真実」とはまさに「白頭の血統の頂点に君臨する金正恩同志には在日朝鮮人帰国者の血が流れている」ことだった。

それだけではない。高ヨンヒの父親・高京澤は、戦時中陸軍管轄の工場で働いた。これは北朝鮮の尺度からすれば「親日派」になる。戦後は日韓を往来する密航船で大もうけし何人もの愛人を囲ったが、北朝鮮からすればこの経歴も許しがたいものだろう。

筆者が昨年6月に訪れた中朝国境で数人の北朝鮮人に高ヨンヒのことを聞いてみたところ、皆が「元在日朝鮮人帰国者」であることを知っていた。つまり、偶像化を進めるための記録映画が「地雷」を踏んでしまったわけだ。

2012年の記録映画回収騒ぎ以後、高ヨンヒに関する話は一切出て来ない。彼女の存在を際立たせれば際立たせるほど、白頭の血統の正当性が揺らぐからだろう。

しかし北朝鮮体制の行方を左右する正恩氏と与正氏兄妹が、在日朝鮮人である高ヨンヒから生まれたことは逃れられない「事実」である。二人が「白頭の血統」を守ろうとするなか、自らの出自を受け入れる覚悟があるのか、それとも忌み嫌っているのか、是非聞いてみたいものだ。

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高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記

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