密かに出回る「ヤバい作品」

アジアプレスは最近、金正恩氏が登場して以降の思想統制の動向をつぶさに追った『北朝鮮内部映像・文書資料集』を編さんした。その中には、楽団ポルノ事件のあった昨年の夏以降、「不純録画物」の取締りがこれまでにも増して強化された様子を伝える住民の肉声が、いくつも収められている。

「銃殺したんですよ。2人を。……不純録画物(のせい)で殺されました」
「とにかく12月までに、悪い録画物を見たことを自分からすべて自首しなさいと。そういう内容で保衛部が講演をした」
(※アジアプレスは、中国キャリアの携帯電話を北朝鮮北部地域に投入して日常的に取材協力者と通話している。)

ここで言われている「不純録画物」には、ポルノばかりでなく、韓流ドラマなどありとあらゆる海外の映像作品が含まれている。そうした作品をどれかひとつでも観たことがバレたら――仮にそれが日本のアニメのようなものであっても、問答無用で処刑されてしまうのか。

そうではあるまい。北朝鮮当局は、何か特定の映像作品をターゲットにしているはずだ。実際、アジアプレスの石丸次郎氏の下には、北朝鮮の取材協力者から次のような情報がもたらされている。

「海外の映像作品のブローカーの一部が、韓国のテレビ局が作った“危ない作品”を国内に持ち込んでいる。内容は、金一族の歴史を暴いているものや、金正恩を揶揄しているものなどだ。あまりにヤバいので庶民の間には出回っていないが、幹部や金持ちがこっそりと観ている。あんなものを観た人間を、当局は生かしておかないだろう」

正恩氏をあざ笑うかのような映像作品が国民の間で楽しまれているなどと、北朝鮮当局が公に認められるはずもない。「淫乱録画物(ポルノ)」や「不純録画物」というのは、正恩氏の「権威」に精いっぱい配慮した、苦し紛れの言い方なのかもしれない。

本当に北の犯行なのか

ハッキリ言えることは、正恩氏の権威確立とその維持が、北朝鮮当局にとって最重要課題となっているということだ。彼らが正恩氏暗殺をコミカルに描いたハリウッド映画に憤って見せるのも、むしろ当たり前のことのように思える。

もっとも、映画制作会社に対するサイバー攻撃が本当に北朝鮮によるものであったかどうか、私はまだ、自信を持って言うことができない。

ハッキングで社員や俳優らの個人情報を抜き出し、それを少しずつさらすことで会社を孤立させ、映画を公開中止に追い込む――北朝鮮にしては、やけに洗練されたやり方だ。資本主義との接点がきわめて狭く、世間知らずなところの多い彼らが、いつの間にこんなセンスを身に付けたのか。同様の違和感を抱く北朝鮮専門家が、私の周りには少なくない。

しかしもはや、北朝鮮がやったかどうかは問題ではないのかもしれない。米国政府が北朝鮮の犯行と断定したからには、正恩氏は自らの「権威」をかけて米国と向き合うことになる。自らを揶揄することすら許さぬ男は、世界中が見守る中で追いつめられたとき、果たしてどのような選択をするのだろうか。(了)

(取材・文/ ジャーナリスト 李策)

【関連記事】北朝鮮の有名芸術家出演ポルノが存在

    関連記事