船内で聞いた「悲鳴」

いまから20年余り前、在日朝鮮人訪問団の一員として北朝鮮を訪れた際に、「万景峰(マンギョンボン)」号の中でこんなことがあった。

新潟から元山(ウォンサン)まで、2泊3日の船旅は退屈である。乗客たちはトランプをしたり、囲碁を打ったり、船室やロビーのテレビで流れる朝鮮映画を観たりと思い思いに過ごす。

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万景峰号の就航を報じる総連機関誌『朝鮮画報』の記事

そんなノンビリした空気の中で、とつぜん「キャッ」という軽い悲鳴を聞いた。声の主は、修学旅行のために同乗していた朝鮮高校の女子生徒たちだ。

彼女らの視線を追い、ロビーに据え付けられたテレビの画面に目を向けると、朝鮮映画の硬質な色彩とは明らかに異なる隠微な絵が浮かんでいた。“洋モノ”のポルノの一場面である。画面はすぐに切り替わったが、金髪女性のあられもない姿がハッキリと見えた。

おおかた、総連の人間から差し入れられたビデオだろう。こっそり愉しんでいた船員が機器の操作を誤り、客室のテレビに流してしまったのだ。

しばらくは笑い話として方々で吹聴したが、時間とともに忘れてしまっていた。それが昨年になり、こんな他愛ない出来事を思い起こさずにはいられないニュースが流れた。楽団ポルノ事件。かつて金正日総書記の寵愛を受けていた銀河水(ウナス)管弦楽団と旺載山(ワンジェサン)軽音楽団の団員らが「淫乱録画物(ポルノ)」を制作した罪に問われ、処刑されたとするものだ(関連記事)。

北朝鮮において、「ポルノ」を観ることが罪になるのは知っていた。平壌の映画関係者らが、やはり外国から入手したビデオの秘密上映会を開き、社会安全部だか国家安全保衛部だかに踏み込まれたという事件についても聞いていた。

それだけに、「北朝鮮とポルノ」の話題には何ら新しいものが感じられない。主として韓国の映像作品が、VCDやUSBメモリに記録されて北朝鮮国内に氾濫している現状では、「ポルノ」もまた、かつてよりいっそう当たり前に出回っているはずだ。

その摘発に、いまになって血道を上げる金正恩体制の考えがわからなかった。楽団ポルノ事件に李雪主(リ・ソルチュ)夫人が関係したのではないか、との見方もあるが、事実であることを示す証拠はどこからも提示されていない。

北朝鮮当局はもしかしたら、もっと別の映像作品に神経を尖らせているのではないのか。(つづく)

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(取材・文/ジャーナリスト 李策)

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