例年、北朝鮮では収穫分配が終わる12月から翌年3月末まで冬季訓練が実施されるが、酷寒の中で毎日訓練を受ける軍人にとってこれ以上に辛いことはない。もちろん、労働赤衛隊などの予備兵力も訓練に参加するが、数回の陣地奪取訓練を除いては自宅での「灯火管制」などの訓練のみ実施する。

軍人は兵種により異なる装備を担ぎ訓練に臨むのだが、その重さは30キロ程度はざらである。一部部隊では装備を装着しても重量が基準に満たないと、砂袋を背嚢に入れ訓練の強度を高める。

空腹に耐えかねた兵士が農場で略奪

訓練期間中はまともに食事をすることもできないまま厳しい訓練を受けるため、全身が疲労し気力がもたない。翌日の訓練のために肉などで栄養補給をするべきだが、継続的な食糧難のため卵すら食べることができない。4ヶ月間実施される冬季訓練は彼らにとって最も辛い期間である。

そのため空腹に耐えかねた軍人が、訓練を受ける地域や村の住民の食糧と家畜を略奪することも日常と化している。人民軍隊とは名ばかり、彼らは「農場の畑は私の畑」という党スローガンを「人民の畑は私の畑」と勝手に解釈し堂々と略奪行為を働く。

某脱北者はこれらと関連し「北朝鮮の軍人が住民の家を荒らしたり協同農場の畑を『襲撃』する際に話す言葉がある。『軍隊は人民の息子、農場の畑は私の畑』などである。即ち、白昼住民の家に侵入しても人民の『息子』であるため盗みとならず、農場の穀物を盗んでも『私の畑』であるため盗みにならないとこじつけている」と説明した。

略奪行為を正当化

北朝鮮で「軍隊は人民の息子」という言葉は、1930年代、中国延辺凉水泉子地域でパルチザン活動を展開していた金日成が「司令官も人民の息子」と発言したことに由来する。この時から北朝鮮当局は軍人に人民の命と財産を命をかけて死守するよう奨励してきた。しかし食糧難が深刻化するにつれ、こうした理念がむしろ略奪を正当化してしまった。

「農場の畑は私の畑」というスローガンも協同農場の畑を自身の畑のように大切にしようという意味である。しかしこれも食糧事情が悪化するに従い、軍人が農場の穀物を盗む際の弁明となってしまった。一部の極貧層の住民も農場の穀物を盗む際に同様にスローガンを勝手に解釈して盗みを正当化している。

1990年代の苦難の行軍以降、北朝鮮の経済は崩壊。食糧をはじめとする物資の供給が滞るや、軍の綱紀は緩み寒さと空腹に耐えかねた軍人が住民の集落に侵入し、家畜はもちろん家庭の味噌まで盗むことが日常化している。それにもかかわらず住民は報復を恐れ、軍人によるこうした略奪を目の前に何もできずにいることがほとんど。

前出の脱北者は「軍人は略奪に対して良心の呵責はおろか、堂々と集団で一般家庭の家畜と食糧を強奪していく。周りに保安員(警察)がいても気に留めず、家畜を盗まれた住民が抗議すれば暴行を加え殺害することもある」と話した。

    関連記事