北朝鮮には「8.3ジル」という慣習がある。すべての男性は、職場に勤めることが法的に義務化されていて、無断欠勤や長期欠勤は行政罰の対象となる。
だが、一定額のワイロ、上納金を支払うことを条件に出勤を免除するのがこの慣習だ。従業員に給料を支払うべき勤め先が、逆に従業員からカネを受け取るという奇怪な現象だ。だが、出勤を免除された従業員は、仕事もろくにない勤め先で無駄に過ごす時間を商売に当てて、現金収入が得られる。予算不足に苦しむ企業も収入が得られるので、双方が得をする。
にもかかわらず、最近は8.3ジルをする人もめっきり減ってしまった。政府の政策のせいだ。複数のデイリーNK内部情報筋の話をまとめた。
昨年末に開かれた朝鮮労働党中央委員会第8期第11回全員会議の後、特級、1級、2級企業所に、8.3ジル行為を取り締まれという布置(布告)が下された。
超巨大国営企業にあたる特級企業を擁する平安南道(ピョンアンナムド)平城(ピョンソン)と咸鏡南道(ハムギョンナムド)咸興(ハムン)の朝鮮労働党委員会は先月中旬、今年上半期までに、すべての企業所において8.3ジルを完全に禁止する方針を示した。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面今までも、8.3ジルを禁じる命令は出されてきたが、あまり徹底しなかったようだ。
(参考記事:「職場にきちんと出勤しろ」命令を北朝鮮の労働者が嘲笑う理由)だが、今回は様子が違う。北朝鮮は数年前から、社会主義経済管理体系の原則を強化するようになった。
すべての工場、企業所が中央の計画に従い製品の生産、供給を行い、従業員はその見返りとして配給と現金を受け取るというものだが、1990年代後半の大飢饉「苦難の行軍」を前後してこのシステムが崩壊してしまった。毎日真面目に出勤しても、配給が全くもらえないため、餓死する人が相次いだ。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面(参考記事:美女2人は「ある物」を盗み公開処刑でズタズタにされた)
だからといって、北朝鮮では職場を勝手に辞めることは許されていない。そこで、8.3ジルというものが発生したのだが、当局は長年続いたこの習慣を今年中には完全に撲滅したいようだ。
咸興(ハムン)の興南(フンナム)肥料連合企業所は、以前から8.3ジルを「非社会主義行為」(社会主義にそぐわない逸脱行為)として、根絶を掲げていた。しかし、一向に減らないため、今月中旬に8.3ジルで摘発した従業員を労働鍛錬刑(短期の懲役刑)2カ月の処分を下した。また、ワイロを受け取って8.3ジルを黙認した幹部には、15日間の無報酬労働の処分を下した。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面だが、企業内部の本音は異なる。
8.3ジルは、国や工場、企業所が従業員の生活を保証できなくなったことから自然発生したが、その状況に変化はない。
政府は昨年、労働者の賃金を10倍以上に引き上げ、国営商店に食料品、生活必需品を市場より安く売らせて、そこで購入するように誘導した。1980年代以前の状況に戻そうとしたわけだが、これが失敗した。
食糧と物資の不足に拍車がかかり、賃上げによる通貨供給量の増大と激しい通貨安でインフレとなってしまい、給料だけでは生活が成り立たなくなった。8.3ジルをして市場で現金収入を得なければ生きていけないのだ。
(参考記事:「泣き叫ぶ妻子に村中が…」北朝鮮で最も”残酷な夜”)市場に対する取り締まりが強化され、多くの製品が販売禁止品目に指定された。儲からないため、店をたたむ人が続出し、市場では閑古鳥が鳴いている。
(参考記事:市場を壊滅に追い込んだ金正恩流「地方創生政策」)このような状況に、各企業は頭を抱えている。8.3ジルで得られた現金は、企業の運営予算、資材の買付資金などに使われていたが、市場に出る人が減り、それが消えるとなれば、企業は立ち行かなくなってしまう。
まず間違いなく、金正恩総書記はこうした「現実」を知らない。いったん計画経済への回帰が政策として決まったら、それに異を唱える者は「危険分子」と見なされかねない。かくして現実を踏まえた報告は上がらなくなり、金正恩の「勘違い」が加速する。
事態を打開するためには、様々な手法が考えられる。肥料工場の場合、国家計画(生産ノルマ)を超える肥料を生産してヤミに流すのが一般的だろう。ノルマ通りに生産できなくとも、虚偽報告で乗り切る。
ヤミに流すものが増えると、国に納めるものが減り、肥料の配給が滞る。農場は、市場で肥料を買い求めるようになる。すると、需要が増して肥料の市場価格が上がるため、工場はどんどんヤミに肥料を流すようになり、収入が増えて生産が増加するという具合だ。