北朝鮮国営の朝鮮中央通信は5日、金正恩総書記が弾道ミサイルの移動式発射台(TEL)工場を視察したと報じた。
金正恩氏はこの視察で、「敵との軍事的対決により確固と準備すべき重大な現情勢の下、われわれが引き続き推し進めている国家防衛力強化の歴史的課題の遂行においてこの工場が占める地位と役割が大変重要である」と強調しながら、「国の核戦争抑止力を絶え間なく強化していく上で各種の戦術・戦略兵器発射台車生産が持つ重要性とわが軍隊の作戦上需要」について明らかにしたという。
北朝鮮にとって、何台のTELを揃えることができるかは、ミサイルそのものの配備数に劣らず重要だ。
米韓軍は有事において、北朝鮮が弾道ミサイルを発射する兆候を捉えたら先制的に攻撃し、ミサイル発射基地やTEL、長距離砲などを地対地ミサイルや空対地ミサイルなどで早期に制圧する態勢の整備を進めている。
この際、固定式の発射施設や砲陣地の制圧は比較的容易だ。しかし、複数ある移動式の発射台の動向を24時間、切れ間なく把握するのはきわめて困難だ。そのため韓国軍は、F-35A戦闘機を敵に気付かれないよう北朝鮮上空に進入させ、TELを探知させる作戦だとされる。
F-35シリーズの戦闘機はレーダーに捕捉されにくいステルス性に加え、高性能レーダーとセンサー類による探知能力、そして味方に攻撃目標の指示などを与える情報処理能力の高さも特徴だ。F-35Aが探知した情報は後方で待機する重武装のF-15KやKF-16、そして海軍艦艇や陸軍の弾道ミサイル部隊とデータリンクで共有され、最も合理的な手段で攻撃が実行される。
このような高度な作戦を用いてもTELの捕捉は容易ではないが、北朝鮮には弱点がある。道路網が劣悪なため、TELを運用できる範囲が極端に狭いのだ。そのため北朝鮮は、列車式発射台や貯水池からの水中発射など発射手段の多様化を進めているが、鉄道もまた劣悪で機動力に限界があり、貯水池は事前に位置の把握が可能だ。
そのため、北朝鮮にとってはTELの数がより重要になる。移動できる範囲が狭くとも、数が多ければ捕捉は難しくなる。
北朝鮮はこうした陸上からの発射手段に加え、海からの核ミサイル発射能力の強化も図っており、昨年9月には初の弾道ミサイル潜水艦を進水させた。この潜水艦を巡っては、技術レベルの低さから「正常な運用は無理だ」との見方が少なくない。「ミサイルを発射したら、たちまち船体が壊れる可能性が高い」との指摘もある。
しかし、それは乗員の安全を重視する立場でのみ有効な意見であり、金正恩体制には当てはまらない。また、北朝鮮が潜水艦に搭載したミサイルに核弾頭を装着すると公言していることを考えれば、仮に発射と同時に潜水艦が沈没するとしても、狙われる側としては「有事に1回だけ撃ってくる」ことだけでも十分な脅威だ。
また、北朝鮮は潜水艦から、弾道ミサイルだけでなく巡航ミサイルを発射する実験も行っている。これにもやはり核弾頭が装着される予定で、地上や水上艦からも発射できる。
今後はさらに、ロシアの協力を得るなどして、空中から核ミサイルを発射する手段の導入を進めるかもしれない。韓国メディアの報道によれば、北朝鮮は故金正日総書記の時代から、中国に対して空対艦ミサイルを搭載できるJH-7戦闘爆撃機の供与を要請していたとされる。中国は北朝鮮への軍事協力には慎重であり、近い将来、これが実現する可能性は高くないと見られる。
(参考記事:金正日氏、中国に戦闘爆撃機を要請も胡錦涛氏が拒否)
しかし米国政府の発表によれば、ロシアはすでに、北朝鮮から提供された地対地ミサイルをウクライナ戦争で使用している。こうした実戦レベルでの軍事協力の深まりを考えれば、ロシアが北朝鮮の戦闘爆撃機獲得に協力する蓋然性は高い。
仮にそれが実現したら、北朝鮮の戦闘爆撃機は核弾頭を装着した巡航ミサイルを積んで自国領空深く、あるいは中国による米韓へのけん制が厳しい黄海上空を飛行しながら米韓軍を威嚇するかもしれない。
陸と海で同様の取り組みを強化してきた金正恩氏が、空だけを「例外」とする可能性は低いように思われる。