昨年11月に初めて公式の場に姿を表した北朝鮮の金正恩総書記の娘、キム・ジュエさん。後継者と噂されているが、北朝鮮国内からは「ありえない」との声が上がっている。

デイリーNKの北朝鮮国内の高位情報筋は、韓国でジュエさんが金正恩氏の後継者ではないかとの話が出ていることについて、「なぜそんな話が出るのか理解できない」と一蹴した。

「後継者を立てるときには、当然のことながら未来を考えるではないか」(情報筋)

日本では「血」よりも「イエ」の存続が重視されるが、朝鮮では「血」の繋がり、それも父系血統の存続が重視される。故金日成主席に繋がる「白頭血統」という言葉にそれがよく表れている。

ジュエさんが男性と結婚した場合、その子どもは夫の姓を持つことになる。それは「白頭血統」以外の人間が、後継者になることを意味する。血の繋がりが政権に正統性を付与している北朝鮮ではありえないことだ。

「4代目(ジュエさん)が指導者になったとしても、5代目は姓が異なる可能性がある。話にならない」(情報筋)

つまり、現在の「金王朝」が「朴王朝」や「鄭王朝」などに変わる可能性があるということだ。なので、他の国の人ならともかく、同じ民族の国である韓国からジュエさんの後継説が出ることが信じられないというところだろう。

(参考記事:金正恩の知られざる「毒親」ぶり…孤児を都合よく使い捨て

一方で、当局がジュエさんを様々な政治的行事に登場させる背景について、後継者としてではなく、金正恩氏の神格化という国内向けのプロパガンダの一環との見方もある。

匿名を要求した韓国の国策シンクタンクの専門家は、「北朝鮮国内において金正恩唯一指導体制を強化するフェーズは未だ終わっていない」「当局は後継者を立てるのではなく、金正恩氏の神格化の強化に集中している」と分析した。

そして、その一例として挙げたのは、先日行われた第5回母親大会だ。その様子を報じた朝鮮労働党機関紙・労働新聞は「わが元帥様(金正恩氏)のように、思いやりに富む人民のオボイ(親)が他のどこにいらっしゃろうかと皆が熱い涙を流した」と、金正恩氏を思いやりがあり、心の温かい父親として持ち上げた。

母親大会の目的は、金正恩氏を「社会主義大家庭の父親」という家族国家観に基いて神格化すると同時に、各家庭で母親を通じた思想教育を強化し、若い世代の思想的離脱を防ごうとするところにあり、後継者とは全く関係がないということだ。なお、「オボイ」という用語は、故金日成氏を呼称する際の枕詞となっていた。

(参考記事:金正恩氏「異質的な傾向との闘い」強調…母親大会で演説

また、ジュエさんが公式の場に現れるようになってから北朝鮮は、「白頭血統決死擁護」という金氏一家の神格化を強化するスローガンを従来に増して押し出すようになった。それは、ジュエさんが女性であるため、社会的権威が「高くない」という考えが広まるのを防ごうという意図があるものと見られる。

「党内では、金与正(キム・ヨジョン、金正恩氏の妹)同志のことを白頭血統とは考えず、高貴な存在と見ていない。(後継者決定に際して)そのような問題を解決するには、子どものころから元帥様と革命の歴史(の構築)に同行しなければならないのではないか」(情報筋)

ジュエさんは、昨年11月の新型大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星砲―17(火星17)」発射実験を報じる記事で初めて公に姿を見せたが、北朝鮮メディアは、金正恩氏とジュエさんが手をつないで歩く写真を掲載し、「次世代の明るい笑いと夢のために平和主義の威力ある霊剣である核兵器を質的に強化し続ける」と報じた。金正恩氏は、次世代のために核兵器を開発した指導者とし、ジュエさんを次世代を代表する象徴として位置づけるものだろう。

北朝鮮で最近、使われている幹部政治学習用資料では「核で戦火の雲を消し、誰も手が出せないチュチェ(主体)革命の百年大計を開いた」「われわれの核は戦争のない未来のためのものだ」ということが強調されている。北朝鮮は今後も、軍関連の行事にジュエさんを登場させ、核開発正当化のための道具として利用するものと見られる。

しかし、韓国政府系のシンクタンク、統一研究院のホン・ミン先任研究委員が、「ジュエさんの活動の85%以上が軍関連の活動に集中しているのに、核ミサイルの高度化についての認識が、後継者選びという見方により、目が曇ってしまっている」と指摘するように、対外的には核兵器の脅威から目をそらす結果となってしまっている。それこそが北朝鮮の意図するところだとホン氏は指摘し、「後継者の話が続けば、北朝鮮はそれを対韓国、対米心理戦として利用するだろう」と述べた。

(参考記事:「親として情けない」金正恩“お嬢様”の陰で漏れるホンネ