WHOの調査によると、北朝鮮の喫煙率は18.8%だ。韓国の20.8%、日本の20.1%よりは低い。男性だけを抜き出してみると、北朝鮮は34.8%、日本は30.1%、韓国は35.7%で、さほど大きな差はないが、以前は北朝鮮に行くと所かまわず紫煙をくゆらす人を見かけるた。
日本や韓国では喫煙できる場所が制限されているが、北朝鮮にはそのような決まりがなかったからだろう。だが、2020年11月の「禁煙法」の制定に伴い、状況が変わりつつある。
デイリーNK取材班は、社会主義生活様式確立の重要性を強調する思想教育用の動画を入手した。
「高尚で文明的な社会主義生活様式、真の礼儀、道徳が花咲いてこそ、わが社会はより明るく温かいものとなり、さらに文明的なものになる」
こんな言葉で始まる動画だが、続いてこのようなセリフが登場する。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面「首都市民の高尚な本分と自覚を忘却し、適当に暮らして健全な雰囲気を乱し、文明的な生活創造を阻害する人々が少なくない」
そして、動画はどのような行動が問題かを具体的に指摘する。
まず登場するのは、平壌市内にある3大革命展示館(見本市)の周辺で、しゃがみこんでタバコを吸いながらスマホを見て、時々痰を吐く男性2人。隠し撮りされたものだ。動画は「生活習慣が汚らしく、文化的素養がまったくない卑しい人々」だと断罪する。そして、公共の場所で喫煙してはいけないという禁煙法の内容を紹介する。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面「禁煙法に基づく施行規程が発表され、それを自主的に守るために全社会的雰囲気ができつつあるこんにち、未だに公共の場所でタバコの煙をくゆらせるばかりか、痰を吐き、吸い殻まで捨てる常識のない彼らが、いかにして公民としての自覚があると言えようか。公民としての自覚、初歩的な遵法意識すらない情けない人々だ」
さらに、このような行動を取るのはいずれも若者であり、「もはや言葉で諭している場合」ではなく、「全社会、組織、群衆の闘争の度数を高め、このような古臭く遅れた習慣と非文化的要素を断固として叩き潰さなければならない」としている。
ここで若者をターゲットにしているのは、当局が彼らの行動に手を焼いているからだろう。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面当局は、自由奔放で、国や社会のことより自分の生活を豊かにすることを優先する若者の行動を取り締まろうと、「反動思想文化排撃法」や「青少年教養保障法」を制定し、思想教育を強化して、品行方正で革命に向けて邁進する若者に改造しようとしている。
ただ、そんな試みは難航しているようだ。
「チャンマダン(市場)世代」と呼ばれる彼らは、国の福祉、配給システムが崩壊した後に生まれ育ち、自分の力で生き残ってきたという自負心が強く、上の世代とは異なり、国や最高指導者のことをありがたいと思っていない。
自由恋愛、韓流コンテンツ、韓国や中国から流入する消費文化を楽しみ、カネを儲けてリッチな暮らしをしたいという「資本主義遊び人風」に染まった彼らが、喫煙マナーを守らないなどの問題行動を起こしていると当局は見ているのだろう。
(参考記事:「幻滅しか感じない」金正恩式の説教に若者たちは冷淡な反応)
また、動画では、野外での飲酒も良からぬ行動だと批判している。
北朝鮮当局は、飲んで食べて歌って踊って騒ぐことを「スルプン(酒風)」と名付けて毛嫌いし、これは反社会主義的行為であり、国や社会を崩壊させかねないとして、取り締まりを行っている。
この背景には、1980年代中盤から広がった、飲酒に伴う様々な事件がある。故金正日総書記は「党的にスルプンを徹底的になくすことについて」という指示を出し、違反者を思想闘争、つまり吊し上げにするなどの取り締まりを行った。しかし、娯楽が少ない国だけあって、あまり効果が上がらなかった。
最近は、コロナ感染防止を理由に飲み会を禁止したり、穀物の無駄使いになるとして密造酒の取り締まりを強化するなどの対策を行っているが、やはり効果は上がらないようだ。
(参考記事:「神聖なるチュチェ思想塔」周辺でどんちゃん騒ぎの平壌市民)今回の動画は各地に配布されたが、登場する人物の顔にはモザイクがかけられていない。見る人が見れば誰であるかすぐにわかり、様々な不利益を受けることが予想される。こうした「見せしめ」効果で一時的に何らかの結果が出るかもしれないが、しばらくすれば元の木阿弥となるだろう。