北朝鮮の朝鮮労働党機関紙・労働新聞は、若者たちが自ら望んで辛く苦しい労働現場に向かっていると連日報道している。今月1日には、黄海南道(ファンヘナムド)の数十名の若者たちが、そのような現場に行きたいと「嘆願」したと報じている。以下、記事から一部抜粋する。
党の地方建設、農村建設政策を高く掲げ、すべての農村を働きやすく暮らしやすい社会主義の楽園にするという一念のもと、海州市、クァイル郡、康翎郡、苔灘郡、安岳郡をはじめとする道内の多くの青年たちも、市、郡建設旅団に送ってほしいと青年同盟の組織に請願した。
あくまでも、自ら望んで現場に向かう「嘆願」の形を取っているが、実際は「嘆願事業」と呼ばれるキャンペーンで、各地域ごとに人数のノルマが割り当てられ、半強制的に行かされる。
都市と農村の格差が天地の差ほどあり、革命化の行き先、つまり流刑地としても農村が使われる現状で、自ら望んで農村に行きたがる若者などほとんどいないだろう。経済的に恵まれている人は、ワイロを使うなどして嘆願者のリストから抜いてもらう。それができないならば、体を張るしかない。そんな実例を、両江道(リャンガンド)のデイリーNK内部情報筋が伝えた。
(参考記事:貧しい人たちばかり送り出される北朝鮮の「嘆願事業」)舞台となったのは、道内の三池淵(サムジヨン)。革命の聖地として知られ、金正恩総書記が旗振り役となった大々的な都市再開発事業が行われ、道内でも「特別待遇」を受けている都市だ。その三池淵在住の若者たちが、「自ら望んで」向かうことになったのは、隣接する大紅湍(テホンダン)である。ジャガイモの名産地として知られているが、生活環境は三池淵と雲泥の差だ。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面嘆願者のうちの1人、20代のAさんが先月20日、朝鮮労働党三池淵市委員会(市党)青年事業部の車にはねられる事故が発生した。彼はすぐに病院に搬送され、治療を受けているが、車が徐行していたため、大した怪我は負わずに済んだ。
事故の知らせを聞いて駆けつけたAさんの家族は、「被害を補償せよ」と加害者の幹部に詰め寄った。事故の被害者となってもまともな補償が得られないことが多いのだが、相手が幹部とあって、多少は補償してもらえると期待したのだろう。また、家族は幹部相手に補償を要求できるほどの地位にあったものと思われる。
(参考記事:「酷道」だらけの北朝鮮、事故で死んでも補償は得られず)だが、事故を目撃した人々の証言で、旗色が急に悪くなった。いずれも、Aさんがわざと車に飛び込んだと証言したのだ。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面これを受けて三池淵市安全部(警察署)は調査に入った。すると過去の様々な問題行動が明らかになった。
Aさんは兵役で朝鮮人民軍(北朝鮮軍)に入隊したものの、勤務態度に問題があり、生活除隊(不名誉除隊)の処分を受け、三池淵に戻ってきた。それだけでも白い目で見られるのだが、その後に働くことになった工場にも出勤せず、地元の党組織や青年同盟(社会主義愛国青年同盟)も相当手を焼いていた。
ただ、出勤していなかったからと、親の脛をかじっていたとは限らない。ろくに給料がもらえない国から割り当てられた職場ではなく、収入を得るために何らかの商売をしていた可能性も考えられる。ただし、北朝鮮で商売は正式な職業として認められず、無職や無断欠勤扱いにされ、処罰の対象となる。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面(参考記事:北朝鮮が繰り広げる「無職者を殲滅するたたかい」)
地元の党組織や青年同盟は、Aさんの勤務態度、生活態度共に不真面目として、朝鮮労働党両江道委員会から新年早々下された「嘆願者を選抜せよ」との指示にかこつけて、嘆願者リストに入れることにした。手っ取り早い厄介払いだ。
Aさんは行きたくないと泣いて懇願したが、聞き入れられなかった。その腹いせに、幹部の車に飛び込んだというわけだ。
安全部は、Aさんが退院し次第、不満分子として扱うとのことだ。どのような処分が下されるかまだわからないが、予定されていた地域よりもさらにひどい地域に送られる可能性も考えられる。
事件のことを知った市民や、嘆願者リストに入れられた若者たちは「車に飛び込むほどの心情はいかばかりだったろうか」と同情しているという。Aさんに対する党や青年同盟の評価とは異なり、近隣の人々の間での評判は決して悪くなかったのかもしれない。
(参考記事:若者800人集め吊し上げ…北朝鮮の「陸の孤島」行くも地獄、戻るも地獄)