米国と韓国を口汚く罵るのは、北朝鮮の十八番だった。
例えば、北朝鮮国営の朝鮮中央通信は2014年の5月と12月、米国のオバマ大統領(当時)に向かって、人種差別表現を使って激しく誹謗している。
(参考記事:北朝鮮メディアがまたもやオバマ氏に対して人種差別表現)韓国の朴槿恵大統領(当時)についても、ひわいな表現まで交えて口汚く罵った。
(参考記事:北朝鮮メディア、朴槿恵氏を「好色漢魔女」と罵倒…「大統領が腐りきった」)朝鮮半島が和平ムードに包まれた今年に入ってから、そのような罵詈雑言は控えられていたのだが、国内では米国を「敵」とする思想教育が再開されている。ところが、北朝鮮国営メディアが報じてきた内容と相反するため混乱が起きていると、米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じた。
咸鏡北道(ハムギョンブクト)の情報筋は、現地で行われた一般住民向けの政治講演会の内容について伝えた。そこで語られたのは「平和に対する幻想を持つな」ということだった。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面「何よりも階級的原則、革命的原則から逸脱したり譲歩したりすることは死を意味するということを骨に刻み込まなければならない」
「敵対階級をどこまでも憎悪し闘う代わりに、不必要な幻想を持ち、階級闘争を放棄すれば革命を台無しにするということは、過去の歴史がわれわれに与える深刻な教訓」
講演会では、1990年代の共産圏の崩壊についても触れた。
「1990年代にソ連と東欧諸国で社会主義が挫折する悲劇的事態が起きたことは、帝国主義に屈服し革命的立場、階級的原則を捨てて、社会活動のすべての分野に資本主義を引き入れたことにある」
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面「最近、リビアやウクライナが経験している悲劇的な事態も、敵に平和と援助を物乞いし、自主的権利と原則をボロボロになった履物のように捨てたことにその原因がある」
「このような教訓を忘れずに敵に対してほんのわずかな幻想や未練も持たず、最後まで闘い決着を付けなければならない」
この手の政治プロパガンダを鵜呑みにする北朝鮮国民はそう多くないが、今回の講演会の内容はショッキングだったようで、市民の間では当局が急に平和について否定的なことをいい出した背景について疑問が広がっている。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面咸鏡南道(ハムギョンナムド)の情報筋も、現地で同様の政治講演会が開かれたと確認し、南北首脳会談での合意、板門店宣言、平壌宣言などと相反する内容だとして住民の間では少なからず混乱が生じていると伝えた。
「板門店宣言や平壌宣言の最終決定権者が金正恩氏であることを北朝鮮の国営メディアは強調していたが、今回の宣伝扇動部の(講演会での)主張はそれに反するものだ」(情報筋)
情報筋は、当局は「金正恩氏が平和と繁栄のために洗練された政治外交術を行った」と褒めちぎっていたのに、急に「平和を物乞いすれば死を意味する」などと言い出した背景が気になると述べた。
一方で情報筋は「元々、北朝鮮の人々は自国が平和のために非核化するとは期待していなかったが、米国や韓国と合意をしたのは元帥様(金正恩氏)だったから、平和への『未練』を持つ人がいるにはいた程度」と述べた。
米韓との対話が思ったように進まず、生活も苦しいままということもあり、北朝鮮では朝鮮半島の平和に対する懐疑論や冷笑が広がり始めていた。
(参考記事:北朝鮮で広がる「統一懐疑論」と韓国国民の「統一への冷めた見方」)北朝鮮は、今年4月と5月に南北首脳会談が行われた後にも、国民向けに韓国を批判する内容の講演会を行っているため、このような「二枚舌」なやり方を今も続けているだけという見方も可能だろう。
(参考記事:「韓国は腐って病んだ社会」北朝鮮が対話の裏で宣伝)高英起(コウ・ヨンギ)
1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 、 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 、 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。