朝鮮王朝22代目の王、正祖は1791年、ある儒学者の妻が男2人、女2人の4つ子を生んだという話を聞き、「一人の母胎で3人を生むのも珍しいと言うが、男2人、女2人も授かるとは」と感嘆し、穀物を支給することを命じ、祝福した。

北朝鮮の金日成主席は、このような三つ子以上の多胎児を尊ぶ伝統的な価値観に基づき「三つ子が生まれることは国が繁栄する兆し」だとして、妊婦に北朝鮮最高の産婦人科病院、平壌産院で出産・育児させるようにした。

生まれた子どもは「◯◯番目の三つ子」と公式記録に残される。金正日総書記の決定に基づき、1983年からは三つ子に、萬寿台(マンスデ)芸術社で特別に作った金の指輪と銀粧刀(銀製の懐刀)がプレゼントされることになっている。それだけではなく、地方政府は三つ子の育児・教育などについて物心両面のケアを行う。

その様子を「国の宝を育てるにはどれだけカネを費やしても惜しくないというのがわが党の温情、元帥様(金正恩党委員長)の人民愛の発露」などと報じるのは、北朝鮮国営メディアの定番ネタだ。

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今年6月、両江道(リャンガンド)在住の女性が平壌産院で三つ子を出産した。本来なら一定期間、育児もここで行うことになっているが、最近になって急に退院させられ、家に帰された。このことが噂となって広まり、様々な憶測を呼んでいたが、その実情が明らかにされた。

デイリーNK内部情報筋は、郡人民委員会(郡庁)の幹部から聞いた話として、母親が平壌から追い出された原因を、三つ子の父親の「舌禍」によるものだと伝えた。

平壌から朝鮮中央放送の記者が、両江道の家で家の留守を守っている三つ子の父親を訪ね、インタビューを行った。

こういう場合は「偉大なる元帥様の温かいご配慮により、何不自由なく暮らしている。こんな素晴らしい国は世界のどこにも存在しない。三つ子を立派に育て上げ、元帥様と国に役立つ人間にしたい」などと美辞麗句を並べ立てるのが一般的だ。

ところが、山奥の農村で生まれ育ち、世の中の事情にも疎い父親は、マイクを突きつけられて頭の中が真っ白になってしまったのだろう。何を話せば良いのかわからず、ついつい本音トークを始めてしまったというのだ。

「生活が苦しく、妊娠期間中にまともにごはんが食べられなかった。これから三つ子を育てていくとなると、お先真っ暗だ」

北朝鮮の食糧事情はかつてと比べると改善しているが、貧富の格差拡大により、市場で食べ物を買うだけの現金収入を得られていない層が、地方を中心に少なからず存在するのだ。

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だが、北朝鮮ではこのような愚痴も体制批判、すなわち金正恩氏への批判ととらえられる。もちろんインタビューは中断。録音した分も電波に乗ることはなかった。報告を受けた朝鮮労働党中央委員会は、父親を「恩知らず」となじり、母親と三つ子を平壌から追放する措置を取ったというのだ。

もらえるはずだった金の指輪、銀粧刀、特別配給ももらえず、身一つで故郷に送り返された母子。故郷に錦を飾るはずだった母親は、地域の党組織から責め立てられ、すっかり落ち込んでいるという。

村の人々は「こんな山奥の村にとっても繁栄の兆し」だと祝福してくれたが、今や「子どもたちがかわいそうなことになった」と同情しているという。

北朝鮮では、出産、育児、教育はすべて無料ということになっているが、それは建前に過ぎず、実際は多額のカネが必要となる。国からの支援なしに子ども1人を育てるのも大変なのに、三つ子ともなるとその負担は想像を絶する。父親の言葉ひとつで、三つ子の将来が閉ざされてしまったも同然だ。

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2017年に韓国入りした脱北者は、この件についてこうコメントした。

「今の北朝鮮国民は、生活が苦しいと国への批判も厭わないため、本音が思わず口をついて出てしまったのではないか。インタビュー前にきちんとレクチャーしなかった地方政府の幹部も、体制のプロパガンダばかりして地方の実情など知ろうとしない放送局の人間も問題だ」

(参考記事:公然と「権力批判」を始めた北朝鮮国民。金正恩氏は大丈夫か

高英起(コウ・ヨンギ)

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1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記