北朝鮮社会を蝕む病弊の一つが「横流し、横領、窃盗」だ。2014年5月には、建築資材がことごとく横流しされたせいで、鉄筋の量が規定より著しく少なくなっていたマンションが突如崩壊。500人が死亡し、現場にはバラバラになった手足が散乱する地獄絵図が繰り広げられた。
(参考記事:「手足が散乱」の修羅場で金正恩氏が驚きの行動…北朝鮮「マンション崩壊」事故)そんなことがあった後も、資材の横流しや窃盗は日常茶飯事と化しており、当局はこれと言った対策を取っていなかった。しかしそのような現状に、金正恩党委員長もさすがに痺れを切らしたのかもしれない。遂に、下すべき決断を下したようだ。
北朝鮮では現在、平壌、元山(ウォンサン)、三池淵(サムジヨン)などで国を挙げての建設事業が行われているが、国際社会の対北朝鮮制裁で鉄筋、木材、セメントなどの建築資材の確保が円滑に行われていない。そんな現状を受けて、当局は今まで事実上放置してきた横流し、横領、窃盗への対処を強化している。
江原道(カンウォンド)のデイリーNK内部情報筋によると、当局が推し進める高級リゾート「元山葛麻(ウォンサン・カルマ)海岸観光地区」の建設には、多くの資材が必要だが、台風による被害で確保がさらに困難になっている。そんな中、当局からこのような指示が下された。
(参考記事:金正恩氏が公開「7000人死亡」リゾートの現場写真)「(制裁で)外国勢力との対決戦が繰り広げられている建設現場で資材を横流しする行為は党の方針に真っ向から反する行為だ、厳しく処断せよ」
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面また、内閣の建設建材工業省の大臣も「資材の管理監督を徹底しなければ資材担当者を処罰する」と警告した。
建設現場では、軍の建設部隊の兵士や突撃隊員(動員された建設労働者)が、現金収入を目当てに資材を横流しする行為が横行してきた。その手口も、食べ終わった弁当の箱にセメントを詰めて持ち出すなど実に巧妙で、防ぐのも容易ではない。
さらに、現場まで資材を運ぶ列車は停電で頻繁に立ち往生するが、夜陰に乗じて民間人はもちろん、鉄道イルクン(幹部)までが資材を盗んでいた。資材が現場に到着するころにはすっかり目減りしているというわけだ。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面実際、葛麻地区に向けて出荷されたセメントを横流しした資材担当者と保安員(警察官)や、釘を大量に盗み出した労働者など、この1週間で多くの人が摘発されている。
取り締まりに関する指示は、両江道の三池淵、恵山(ヘサン)などでも出されている。
現地の情報筋によると、三池淵建設を指揮する朝鮮人民軍216師団建設団は、所属の兵士、突撃隊員、一般労働者に「国家財産である資材を盗んだ者は地位を問わず厳罰に処す」と警告を発した。両江道の現場でも、幹部が資材を盗み出す行為が横行していた。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面厳しい取り締まりを行ったところで、「横流し、横領、窃盗」が消えることはないだろう。現場で働く人々にとって、生きていくのに欠かせないことだからだ。
そもそも、建設現場で働く人々にはほとんど給料が払われていない。兵士の月給は子どもの小遣い銭にもならないほどだ。一般労働者はそれよりはマシなものの、平均的な4人家族の1ヶ月の生活費の50万北朝鮮ウォン(約6500円)を稼ぐには10年もかかる。それでも、一切の給料がもらえない突撃隊員に比べればまだマシだ。
(参考記事:兵士の月給はたった9円…金正恩氏の「腹ペコ軍隊」は餓死寸前)現金がもらえなくても、食糧が配給されればまだ耐えしのげるが、それすらも貧弱極まりない。資材を売り飛ばして現金を得て、食べ物を買うしかないのだが、その度胸がない人は現場から逃亡するしかない。
(参考記事:平壌高層マンション建設現場で労働者の脱走相次ぐ…理由は3K)さらに建設現場では、安全対策の欠如で死亡事故が多発している。怪我をしても国からは一切の補償が受けられない。
(参考記事:北朝鮮「倒れた作業員は連れ去られ、戻ってこれない」魔の工事現場)こんなないないづくしの状況なので、無理矢理にでも工期に間に合わせる「速度戦」を要求している現場監督の立場からも、資材を横流しして食べ物を買う行為は黙認せざるを得ないのだ。
(参考記事:金正恩氏の背後に「死亡事故を予感」させる恐怖写真)高英起(コウ・ヨンギ)
1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 、 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 、 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。