朝鮮中央通信は9日、中国共産党の序列3位・栗戦書(りつ・せんしょ)政治局常務委員を団長とする中国党・政府代表団が前日、北朝鮮の建国70周年記念行事に参加するため現地入りした際、金正恩党委員長の妹・金与正(キム・ヨジョン)朝鮮労働党第1副部長らがこれを迎えたと伝えた。金与正氏が公の場に出てくるのは、久しぶりのことだ。

金正恩氏は7月以降、精力的に経済部門の視察を行っているが、李雪主(リ・ソルチュ)夫人が同行することはあっても、金与正氏の姿は見られなかった。それがここへ来て登場したのは、関係が改善した中国への礼遇を示すためであり、それはまた、金与正氏が兄からいかに期待をかけられているかの証左でもあると言える。

金正恩氏が、以前から妹を大事にしてきたことはかなり前から言われていた。大事にし過ぎて、彼女の友人を大量に失踪させる「事件」まで起こしたほどだ。

(参考記事:金正恩氏実妹・与正氏の同級生がナゾの集団失踪

その後、金与正氏は金正恩氏の動線を管理するまでになる。地方にも頻繁に視察に出る金正恩氏だが、彼には一般人と同じトイレを使うことが出来ないという状況もある。そんな条件下で金正恩氏の動きを取り仕切る事ができるのは、やはり信頼できる身内しかいなかったのかもしれない。

(参考記事:金正恩氏が一般人と同じトイレを使えない訳

また、金正恩氏には「パーティ狂い」の噂もある。ある脱北者の情報によれば、金与正氏は兄に対し、「お酒はほどほどになさい」と言って諫めることもあるという。たしかに、これまで数多くの幹部が些細なことで金正恩氏の逆鱗に触れ、無慈悲に処刑されてきたことを考えれば、実の妹でもなければ恐ろしくて何も言えないだろう。

(参考記事:北朝鮮「秘密パーティーのコンパニオン」に動員される女学生たちの涙

最近では、金正恩氏がいったん下した指示を、金与正氏が訂正させることもあると言われる。韓国のリバティ・コリア・ポスト(LKP)の6日付の記事によると、金正恩氏は5月下旬、今後は公式の場や文献である表現を使わないよう指示したが、金与正氏の反発に遭いたった4日で撤回したとのエピソードを紹介している。

その表現とは、「ウリミンジョクキリ(わが民族同士)」という言葉で、北朝鮮が韓国に対話を呼びかける際、頻繁に使われるものだ。記事によると、金正恩氏は「わが国にも華僑や日本出身者がいるのに、ウリミンジョクキリと言うと、そういった人々を排斥しているように思われかねない」として、使用禁止を指示したという。

単に外部の目を気にしてのことなのかもしれないが、もし金正恩氏が、「他民族の排斥は良くない」と少しでも考えていたのなら、それはそれで結構なことだ。結構なことではあるが、やや唐突な指示でもある。

韓国との対話が重要な局面に至っている今、このような表現は、北朝鮮の担当部門にとって重要な「武器」だ。それを取り上げようとする指示に、党宣伝扇動部に籍を置くとされる金与正氏が反発したとしてもおかしくはない。彼女は恐らく、「急にヘンなこと言わないで」とでも言って、兄に食って掛かったのであろう。

これが事実ならば、金与正氏の意見が兄の意思決定に強く影響した例はほかにもあるはずで、それが何であるかが実に気になる。

(参考記事:「金与正氏がいて本当に幸いだ…」金正恩氏の妹を韓国要人がベタ褒め

高英起(コウ・ヨンギ)

>>連載「高英起の無慈悲な編集長日誌」一覧

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記