北朝鮮のある家庭で、住宅の相続をめぐり母親と娘、息子が骨肉の争いを繰り広げている。両江道(リャンガンド)のデイリーNK内部情報筋が伝えてきた。

舞台となっているのは、恵山(ヘサン)市内に住む女性Aさん一家だ。Aさんには息子Bさんと娘Cさんがいる。問題の発端は、Bさんが10年間の兵役を終えて帰宅したことだった。

10年ぶりに息子の顔を見たAさんはこんなことを言い放った。

「家を出て10年ぶりに帰ってきたあんたはまるで他人みたい、話しづらい」
「家は娘に相続させて今まで通り同居する」
「家を買ってやる経済的余裕はない。さっさと結婚して出て行け」

結婚後も母親のAさんと同居している娘のCさんは、母親の肩を持ってこう言った。

「今まで商売で稼いで母親の面倒を見てきたのは私」
「この家を相続する権利を持つのは、母親の面倒を見るだけの経済的余裕がある私」

久々の帰宅で温かく迎えてもらえると思っていた息子のBさんは、ショックのあまり「家を出て10年もの間、国を守る仕事をして、ようやく帰ってきたと思ったらこの仕打か。ひどすぎないか」と泣きじゃくったという。

騒ぎを聞きつけた隣人が駆けつけたが、「他人の家のことなので口出しはできない」としつつも、「あまりにもひどすぎる」とAさん母娘の陰口を言っていたという。

北朝鮮の家族法は「公民が死亡すれば、その財産は配偶者、子女、親に相続される」(46条)、「同じ水準の相続人が複数存在する場合、相続額は等しくする」(47条)と定めている。しかし、法治主義とはほど遠い北朝鮮では、相続に関する法律を知る人はほとんどいないという。

半ば追い出されるように家を出たBさんは、配属された工場の作業班室で数ヶ月も暮らしていた。その気の毒な様子を見かけた工場の幹部は、Aさん母娘に憤り、朝鮮労働党の両江道委員会の信訴(シンソ)課に訴えでた。

「信訴」というのは、中国の「信訪」と同様に、理不尽な目に遭った国民が、そのことを政府機関に直訴するシステムで、一種の「目安箱」のようなものだ。元々は法制度の外で運用されていたものが、1998年に制定された信訴請願法で、法的根拠が与えられた。民主主義や言論の自由のない北朝鮮で、庶民がお上に何かを申し立てることのできるほとんど唯一の仕組みだ。

それを受けて、信訴課のイルクン(幹部)が母と娘の説得に乗り出したが、全く聞く耳を持とうとしなかったとのことだ。

「イルクンは、信訴が提起されたので解決に乗り出したが、いかに処理すべきかわからず当惑した様子だった。息子は気の毒だが、他人の家のことに『隣の糠はたき』(他人のことに無駄に干渉する)するわけにはいかず、『ケンカせずによく相談してみろ』と形ばかりのアドバイスをして帰っていった」(情報筋)

別の家庭でも似たような事例があったと伝えた情報筋は、こうしたトラブルに、当局は何の対策も打ち出せずにいると伝えた。

この出来事からは、北朝鮮で起きている2つの大きな変化が読み取れる。ひとつは、女性の地位の向上だ。

男尊女卑が根強い北朝鮮だが、市場経済化を主導する女性が経済力を持つにつれ、社会的地位も上昇している。男性は、ろくに給料も出ない国営企業や機関に勤めるしかないため、一家の大黒柱となっているのは市場で商売して現金収入を得ている女性だ。

(参考記事:妻に優しくなった北朝鮮の夫たち…亭主関白の末路は「餓死の恐怖」

もうひとつは、北朝鮮で深刻化する住宅問題だ。

北朝鮮において、住宅は国が建てて国民に無償で与えることになっている。そのため、息子は結婚すれば新しい家を得られるはずだが、それはタテマエに過ぎない。

住宅建設の予算を持たない国の機関は、トンジュ(金主、新興富裕層)の投資を募ってマンションを建設し、その見返りとして住宅の分譲権をトンジュに与える。トンジュはそれを売却して利益を得る。つまり、住宅は他の国同様に売買の対象となっており、無償で得られる人は、科学者やスポーツ選手など国家への特別な貢献を認められた人に限られる。

家を買うだけの余裕のない人は、半地下にある環境の悪い家に賃貸で住まざるを得ない状況となっている。

いずれの理由も、北朝鮮当局がかつての計画経済、配給システムを清算できず、いまだにタテマエとして掲げ続けていることから生み出されたものだ。過去の遺産が、国民の家庭生活にまで悪影響を与えることを如実に表す事例と言えよう。