韓国の平昌で9日から始まった冬季五輪には、北朝鮮からアイスホッケー、スキー、スケートに22人の選手が出場する。彼らの姿を、複雑な思いで見つめている女性がいる。元北朝鮮代表選手で、脱北後に韓国に暮らすキム・ヨン(仮名)さんだ。

キムさんはデイリーNKに、北朝鮮での選手生活の思い出や、後輩たちへの思いを綴った次のような文章を寄稿した。

オリンピックに参加する北朝鮮代表選手たちの、韓国到着を伝えるニュースを見た。笑みを浮かべようと努める後輩たちの姿を見て、胸が詰まった。北朝鮮代表選手として韓国に到着したときに私が感じたことと、同じ思いを抱いているのだと思う。おそらくオリンピックに参加することになった期待より、厳しい「思想戦」と「闘志戦」のプレッシャーの方が大きいのではないだろうか。

温かく迎える南の同胞を手を握り、「お会いしたかったです」と伝えたいのではないだろうか。しかし、国家保衛省(北朝鮮の秘密警察)の監視の目が厳しい状況で、下手なことを言えば「反動」の罪に問われかねないことを、彼らは身にしみてわかっているはずだ。

韓国に来る前、選手たちは文化的なスポーツマンとして振る舞うように徹底した思想教育を受ける。その内容は極秘扱いだ。訓練が始まれば外出も禁じられる。とりわけ韓国で開かれるオリンピックだ。毎日、どこに行って誰と会ったかを事細かく報告させられる。自らの意思では何もできない。

それでも金メダルを取れば、平壌での居住権が与えられる。ヨーロッパや東南アジアなどの国より、「韓国に行きたい」という思いで熾烈な競争を繰り広げていた北朝鮮での選手時代が思い出される。

厳しい訓練を受ける選手たちは、競い合いながらもとても仲間思いだ。今も思い出されるのは、仲間の誕生パーティだ。監督は、選手の誕生日を特別なものとして祝ってくれる。一般の選手も監督の心遣いで、国家代表選手専用の食堂でごちそうにありつける。

北朝鮮のスポーツマンは、貧しい家の出の人が多いせいだろうか、とても義理堅い。仲間の誕生パーティに出るために、数十キロもランニングしたことが思い出される。日曜日の午前5時に(平壌市内を流れる)大同江を出発し、2時間以内に完走すれば証明証がもらえる。それを監督に渡せば外出許可証に換えてくれる。それをもって誕生パーティに駆けつけたものだ。

パーティーでは、貯めておいた月給をはたいて玉流館で冷麺を平らげる。その後は、引退した先輩が経営する外貨食堂に行く。選手生活の辛さが痛いほどわかっている先輩は「苦労してるね、ビールでも思い切り飲んで行きなさい」とごちそうを出してくれる。先輩におごってもらったビールを、平昌にやってきた後輩たちにもおごってあげることはできないだろうか。

もし彼らと会って話すことができたなら、「苦労してるね。良い家柄に生まれたら選手としてさらに高みに登れたかもしれないけど、(自分の力で)ここまで来たのだから君たちは英雄だ」と声をかけてあげて、共に涙を流したい。私が平壌に残してきた親戚は元気にしているかも聞いてみたい。だけど、気安く会いに行けないのが残念でたまらない。

政治的に利用されている北朝鮮の選手だが、同じスポーツマンとして、オリンピック期間注は精一杯、応援したい。韓国で開かれるオリンピックに参加したという歴史を白銀に刻み、勝者になることを望んでやまない。

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